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Violin弾きのお美っちゃん〜47

カラオケとヴァイオリンと亀 私のいる「ホノルル長屋」は騒音が絶えない。救急車や消防車のサイレン音は一刻を争いあえぐ。コンクリートをえぐる道路工事は、不快な反復音とともに黒い煙を吐く。 といえば、私は公害の被害者のように聞こえるが、そうでもない。大気の汚染はともかく、長屋での騒音には「お互い様」がある。隣人が音を出す時間にこちらも音を出せる。 それは、風が、街路樹の古い葉っぱを吹き飛ばし、空気中の見えない埃を巻き込んで、風の通り道から長屋の窓に吹き込み、それから、「おたがいさま」と吹き抜けていくようだ。 長屋にはカラオケ好きもいる。隣人はオペラ歌手よろしく東南アジアの演歌を熱唱する。言葉がわからないが、メロディーの調子からして恋のせつなさを歌っているようだ。歌声はコの字型の建物に響く。 …古いヨーロッパ映画の一コマを想った。オペラ歌手志望が、夕方、アパートでオペラを歌っている。愛の歌はテレビや住民の笑い声と重なり中庭に響く。ありふれている。それでもそこには「ロミオとジュリエット」にあるようなロマンティックな風情があった。 私は「ヨーロッパ長屋」の郷愁をまぶたの裏に映そうとした。が、いかんせん、隣人の調子っぱずれなカラオケは、私を現実から引き離してはくれない…。 昨年、2008年。「ホノルル長屋」では大掛かりな排水管工事が行われた。工事は地面に埋められた古い大きなパイプを交換することから始まり、各部屋のパイプ交換へとすすんでいった。 秋になると、私たちの部屋の番が回ってきた。水が使えなくなり、その間、どこかへ移動しなければならなかった。行った先はダイヤモンドヘッドの中腹、カイムキ地区。古い趣きある住宅が建ち並んでいる。静かだ。空気も良い。 ある日の午後。私は「カイムキ長屋」で、ヴァイオリン曲、バッハのシャコンヌを練習していた。古い木造家屋も楽器の一部になって震える。私はその余韻に包まれてバッハ音楽の壮大な潮の帯に巻かれようと、半ば息切れしながら長丁場のフレーズを弾いていた。4弦の和音が教会のオルガンのように響いた。 と、その時。中庭で痩せた白いものが飛び上がるのが見えた。兎ではない。大家のナンシーさんだった。ナンシーさんの白い長靴は、兎のようにピョンピョン飛び跳ねながらこちらに向かって走ってくる。 その日、ナンシーさんは長屋の手入れに来ていたのだった。家まわりを掃除し、仕事に出かけている住人の庭に水をやり、マンゴーの実を取り、居合わせた住人に明るく声をかけていた。 案の定、ドアはノックされた。 「ミチコがヴァイオリンを弾いてたの? 二筋向こうまで聞こえていたのよ。ボリュームを下げてくれない? このあたりはみんな静かに暮らしていますから」と、私は叱られた。 ボリュームを下げて、と言われても、曲の最初から最後まで弓を弦から浮かせて弾くのは苦しい。たとえ短い時間でも「カイムキ長屋」でヴァイオリンを弾くのはよそう、と思った。 そこに、高木さんがヴァイオリンのレッスンにやってきた。 高木さんはホノルルで公認会計士として事務所を営んでいる。2004年5月にヴァイオリンを始めて丸5年経った。「亀の歩みです」と言うが、多忙な中での一歩一歩は着実なものがある。クラシック音楽の小品、映画のテーマ音楽、日本の曲などを練習している。 結局、その日のレッスンは取り止めて、静かに作戦を練った。それは素晴らしいものに思えた。 数日後。私たちはカラオケルームにいた。高木さんは「ロミオとジュリエット」と「ひまわり」を弾いた。ドアの小窓から廊下を通る人達がチラチラこちらを見るのが少し気になったが、無事、1時間のレッスンは終えた。一つ目の冒険だった。 そして、二つ目の冒険。そう、私はカラオケルームに来たのは初めてだった。「私、初心者です。亀の一歩です」という番だった。歌う前から身構えて緊張した。 高木さんはマイクをにぎり締め、堂々とカラオケのキャリアを見せた。私は3本の指でマイクをつまみ、か細い声で歌った。私たちはそれぞれ好きな曲を選んで交代で歌った。結局、ジュース1杯で、カラオケルームに3時間もいたことになる。 数週間後、「カラカウア長屋」の工事は予定通りに終了した。私は、再び、騒音の中に戻った。ここでは私だけが近所に迷惑をかけることはない。「お互い様がある」と、嬉しかった。 それから半年。高木さんの「ロミオとジュリエット」は、ロマンティックな色彩を帯びてきた。時折、「ヨーロッパ長屋」の情景も浮かんでくる。「老人ホームなどを訪問してヴァイオリンを弾きたいです」、という夢も遠くはない。 私は、といえば、「いつか人前でマイクをにぎり締めてカラオケを熱唱してみたい」と、密かに楽しい夢を描いてみるのだが、そのチャンスはまだまだ訪れそうにもない…。

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Violin弾きのお美っちゃん~46

名前はどこから…… 「お正月にうちに子犬が来ました。頭の形が卵みたいだからタマゴという名前にしました。タマゴは言いにくいので、短くしてタマと呼んでいます」とジャッキーが言った。ジャッキーは高校の帰りに日本語を習いに来ている。将来の夢は獣医さんと歌手になることだ。 ジャッキーの家には大型犬が2匹いる。ジャッキーの犬カッパーとお兄さんの犬ウメ。ウメは皮膚にシワがあって、酸っぱい匂いのする犬だと聞いている。ウメには梅干しのイメージがあるのだろう。「名は体を表す」とはこのことだ。 2月に日本の友人が、梅の花が咲きましたとメールで写真を送ってきてくれた。「これは梅です」と、私はジャッキーに見せてあげた。すると意外にも、ジャッキーは目を丸くして「ウメ?」と疑いの表情をした。 桃色の花びらをパッと開いたコンピューター画像で見る梅の花は、ちょうど梅干しの大きさだった。が、シワのあるウメではなかった。 「これは梅の花です。ウメボシではありません。ウメは梅の木の実です」と私は教えてあげた。ジャッキーは「ほうっ、梅は木ですか。きれいです」と見入った。ジャッキーの目も梅の花のようにきれいだった。 子犬タマの兄貴分ウメは、最初、新入りタマの仲間入りを快く思わなかったが、次第に先輩犬としての模範を見せるようになっているという話だ。ジャッキーもお兄さんのすることを真似て大きくなったそうだから、ウメとタマも良い兄弟犬になることだろう。 さて、その日。日本語のレッスンが終わって、ジャッキーは靴を履きながら、「タマ、タマ、タマ、タマ」と、早口日本語ことばのように言っておどけた。 タマの名前を呼ぶジャッキーの愛らしい顔を見ていると、私もつらされて、ワンではなくニャニャーオとデュエットしそうになった。が、ニャオとは発せず、「本当に言いやすいですね。でも、タマは日本ではよく猫に付ける名前です」と、この上なく平凡で、心ないことを教えてしまった。 すると、春のそよ風に揺れる桜の花びらのように動いていたジャッキーの唇が、ピタリと止まった。「ええっ、本当ですか?」。大きく開いた瞳も不意打ちの驚きを語った。それからさよならを言って、お母さんの待つ車の方へと足早に帰って行った。 余計なことを言ってしまったと、次に会うまでの一週間、私は心の片隅で気になった。 翌週、ジャッキーが来ると椅子に座るなり聞いた。「タマとウメは仲良くやっていますか?」。ジャッキーは落ち着いて「はい」と微笑んだ。タマは名前を変えられることもなく、お兄さん犬たちと仲良く暮らしていることを聞いて、私は安堵した。 確かに日本ではオス猫に、クロ、レオ、タマ、という名前は多い。名前には名付けた人の愛情と思い入れがある。だから猫的であっても、犬的であっても、ヒト的であっても構わないのだ。 ハワイに住んでいて、日本名のミドルネームがあるというアメリカの人に出会うと、反射的に、「どんな漢字ですか?」と聞いてしまう。日本名はあるけれども漢字は知らないという人とは、その人のイメージにふさわしい漢字を引き当てて、一緒に作ってみる。 「私は日本名のミドルネームを大変気に入っています。ミドルネームで呼んでください」と言ったカリフォルニアで生まれ育った礼児さん。なるほど、日本の礼節がそこはかとなく風貌に漂っている。ミドルネームで呼んでいるとつい、アレックスというファーストネームを忘れそうになるほどだ。 ミドルネームのない日本人の私にとって、ミドルネームというものは、あってもなくても良さそうなものだと考えていた。が、イニシャルで包み隠されたミドルネームにこそ、誰かの思いが込められた名前が付けられている、ということを知るようになった。 約2年前、2007年の春、私はかかりつけ医師の紹介状を持って、アレルギー専門医を訪ねた。初診で会ったのはドクター・クオという台湾出身の医師だった。その日、私は診断を受けた。 そして、治療のために通院していると、クリニックのスタッフが、「ドクタークオジュニア」「ドクタークオシニア」と言っているのをよく耳にした。どういうことなのかいぶかしく思った。 そう、同じクリニックには、同姓同名の、親子のアレルギー専門医が二人いたのだった。 クリニックのスタッフは、さらに簡単に、息子医師をジュニア、父親医師をシニアと呼んでいた。親子ともファーストネームが同じでありながら、ミドルネームの存在感は薄かった。 私はジュニアの受診を重ねたのち、ある日、シニアの診察を受けることになった。診察室で待っているとシニアは快活に入ってきた。それから私に背を向けてカルテに目をやった。数秒の沈黙だった。私はその背中に言った。「ドクタークオ、シ・ニ・ア。やっとお会いできました」と。 するとシニアは、錯覚で何か謎めいた暗号を聞いたかのように、くるりと向き直した。それから、何事もなかったような素振りで「はじめまして」と、大きな手を差し出した。私たちは友好の固い握手をしていた。シニアの手も固くてごつごつしていた。 そのようないきさつによって、二人の医師、「ジュニアとシニア」は、私のアレルギー治療の主治医となった。名前の最後に付けられるその呼び名は、それ自体が個々の名前のようになり、フルネームの先頭を切って歩いているようだ、と思った。

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Violin弾きのお美っちゃん~45

島に色がある……


            
 世界地図で見るハワイ諸島は、消しゴムのかすが転がっているように見える。

 人が行くことの出来ない小さな岩礁も数に入れると、約130の島が存在する。手の平でサッと払えばなくなりそうなほど頼りなく聞えるが、島々は長い火山脈の帯で固く繋がれている。

 その中で、主要な島は8つ。ここホノルルのあるオアフ島から見て、東の島に行くにつれて若くなり、西の島ほど年寄りになる。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~44

ハワイの師走は……



 ワイキキビーチに面したカラカウア通りには、陽気な華やぎがある。

 海岸のすぐ東側には、10万年前に噴火したといわれるダイヤモンドヘッドが厳つい頭を突き出している。ダイヤモンドヘッドを東に越えると閑静な住宅地カハラ地区へ、西はショッピング街、官庁街方面へと向かう。

 そんなホノルルの市内をバスはひっきりなしに通る。時刻表はあるのだろうが、交通渋滞に左右されるバスは不規則にバス停に着く。ある時はなかなか来ないが、ある時は同じ番号のバスが2台続いて来る。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~43

箱の中味は……



 左下の奥歯を抜いた。痛み止めと抗生物質の薬は大いに助けになったが、数日間は、海の底に沈んでしまったような気持ちがした。

 薬で痛みが和らぐと、「麻薬とはこうゆうものかしら」と、神経の芯が鈍くなっている別の自分を感じた。もちろん薬は処方された痛み止めであって麻薬ではないのだが、「本当の私はまだ目を覚ましていない」ことを意識した。

 「ああ、こんなに辛いものならいっそのこと…」と、まだ若くて元気なうちに、抜かなくてもいい奥歯も抜いてしまいたくなった。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~42

傘に歌えば……



 私は慌てていないと、のろのろ歩く。ホノルルの空に浮かぶのんき雲のように遅い。

 最近ある新聞で、早足で歩ける人ほど健康だという記事を見たが、それだけが健康要因ではないと思うので、その説はさほど深刻に受け止めなかった。むしろ私は、のろのろ歩きでの「健康・長生き説」を世に送り出そうと考えている。

 歩くのが遅すぎて「なかなか前に進まないなあ」と思うことがある。片足が地面に着地しても、もう一方の足がなかなか地面から離れない。慌てるとつんのめって小走りになるが、そうでなければゆっくりテンポは変わらない。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~41

独り一人で……



 ワイキキの水族館に勤める友人のドナと会う約束があったので、水族館へ行った。早めに着いた私に入り口の従業員が、水族館の中を見ながら待つようにとすすめてく
れた。

 生きた珊瑚、熱帯の美しい魚たちはウマが合うもの同志、それぞれにひとつの水槽で仲良く暮らしている。弱肉強食の海の底から平和だけを切り取って、私たちに見せてくれている。

 泳ぐ魚たちは水槽の外をさほど意識していない様子だ。たまに、ガラスの向こう側の人間に気付いたそぶりを見せるが、警戒心はなく、「ああ、いつものことだわ。あたし見られているのね」といった具合に、魚はちょっと気取って水の中で一回転する。 Continue reading

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