Violin弾きのお美っちゃん~44

ハワイの師走は……


ワイキキビーチに面したカラカウア通りには、陽気な華やぎがある。

海岸のすぐ東側には、10万年前に噴火したといわれるダイヤモンドヘッドが厳つい頭を突き出している。ダイヤモンドヘッドを東に越えると閑静な住宅地カハラ地区へ、西はショッピング街、官庁街方面へと向かう。

そんなホノルルの市内をバスはひっきりなしに通る。時刻表はあるのだろうが、交通渋滞に左右されるバスは不規則にバス停に着く。ある時はなかなか来ないが、ある時は同じ番号のバスが2台続いて来る。

そんな「ハワイ時間」を頭に置いてバスでどこかへ出かける際には、時間に余裕を持ってバス停に着くのがよい。自転車と一緒に乗車したければ、車両前方の自転車用荷台に乗せてくれる。

今年の9月には1カ月以上もそのバスが止まった。全面ストに突入したのだが、数日間はバスが走っていないことに私は気付かなかった。10月になってストは解除されて、1ドル50セントを握り締めて乗ったバスの乗車券は2ドルになっていた。

私はカラカウア通りに面したアパートの1室で、裏窓を開いて、バスやトラック、乗用車やバイクの走る音を聞きながらコンピューターに向かっている。

ワイキキの海岸から車で約10分。1929年に作られたアラワイ運河の橋を渡ると、ここで道は大きくカーブしている。スピードを緩めずに突っ切ろうとする無謀運転の車が、しばしば追突事故を起こしている。

途絶えることなく車は走り過ぎ、時折、「ガシャーン」と衝突する音がする。「ああ、またか」と思う。警察の到着は遅すぎることがない。そんな大通りの事件は裏窓からそれとなく流れ込んで来るが、もう馴れっこになってしまったから、騒ぎがあってもいちいち表に飛び出さない。

裏窓は、11月になってハワイが「冬」に変わったことも告げてくる。

「ザーッ」と雨の音がする。窓を見上げると、千切れ雲が重なり合いながら流れている。窓ガラスを蹴るしぶき雨がコンピューターにかからないように、私は急いで窓を閉めようとした。が、その間、数十秒もしないのに通り雨は去ってしまった。

それからゆっくりと青空が雲間を掻き分けるようにして広がっていった。さっきの雨雲はどこかへ行ってしまったが、いつまた別の千切れ雲がきまぐれな悪戯をするかわからない。

気紛れなお天気に騙されないで、私は小さな買い物を兼ねて散歩に出る。

カラカウア通りに出て横断歩道で信号を待つ。勢いをつけた車はびゅんびゅんとカーブの向こう側から姿を現わしてくる。数人の旅行者は信号を無視して、中央分離帯までひょこひょこと渡って行った。

時間通りにバスが来ないなどというのが「ハワイ時間」と書いたが、「アロハ精神」というのもある。車の割り込みを許すのも、横断歩道のない道を横切ろうとする歩行者に「先に渡りなさい」と運転手が手を振って合図することも、「アロハ精神」の現われかもしれない。

「アロハ」は、「こんにちは/さようなら」という挨拶、「いらっしゃい」と人を歓迎する、それに「愛しています」という情愛も表現する、奥行きの深いハワイ語である。

「マハロ」は「ありがとう」の感謝を意味する。ハワイでは、英語での電子メールや手紙のやりとりの中で、「Aloha!」と「Mahalo!」は自然に使われている。たいしてハワイ語を知らない私でも、この2つは違和感なしに文章の始めか終わりに入れることがある。

そんなアロハ精神溢れるハワイだからといって、大通りでも「車が止まってくれるだろう」などとは思わない方がいい。

さて、散歩中。私はカラカウア通りの横断歩道を注意深く渡る。すると、少し先に赤いハイビスカスが見えてくる。この種のハイビスカスは、朝昼晩、1年中花を咲かせている。ハイビスカスにも「アロハ!」と挨拶してから数分歩くと、アラモアナのモールに着く。

ワイキキ方面から来るバスはセンターの海側に停車し、ワイキキ方面へ行くバスは山手側から出発する。特定の店の前で誰かと待ち合わせをする際に、「その店は海側にあります/山手側にあります」と説明するのはハワイらしい。地元の人が、海側を「マカイ」、山手側を「マウカ」とハワイ語を使うのもしばしば耳にする。

地元の買い物客は、セールで買い込んだ品々が入った紙袋を抱えて、駐車場に停めた自分の車に向かって歩いて行き、旅行者は有名店に吸い込まれるように入って行く。

「ちょっと見るだけ」と私も旅行者の動きに乗って店に入る。店員さんは旅行者にかかりっきり。「高級ブランド店の人はローカルの人には目もくれないのよ」と地元の人が言うのは遠からず当たっている。私たち「地元族」は買う予定もなく見るだけだから、まあそれでもよい。

11月のショッピンセンターにはクリスマス商品が並び始めた。街はいつもと変わらないほどの賑わいを見せてはいるが、どこか見えないところで感謝祭とクリスマスの準備をしているらしい落ち着きと静けさがあった。

そして、11月の第4木曜日の感謝祭が過ぎると、その週末からホノルルの街はクリスマスの色彩が濃くなっていき、人々は気ぜわしくなる。ホノルルの日暮れも、6時半から6時へと、じわじわ縮んでいる。

冬のワイキキの海は波が小さくなり、本格派のサーファーたちは波が高くなる北部海岸へ移動して、もっと激しい波乗りに挑むと聞く。

そう、師走になっても「ハワイの夏」は、いつまでもいつまでも、続いていくのである。アロハ!

(毎日新聞USA連載)


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