Violin弾きのお美っちゃん~41

独り一人で……


ワイキキの水族館に勤める友人のドナと会う約束があったので、水族館へ行った。早めに着いた私に入り口の従業員が、水族館の中を見ながら待つようにとすすめてくれた。

生きた珊瑚、熱帯の美しい魚たちはウマが合うもの同志、それぞれにひとつの水槽で仲良く暮らしている。弱肉強食の海の底から平和だけを切り取って、私たちに見せてくれている。

泳ぐ魚たちは水槽の外をさほど意識していない様子だ。たまに、ガラスの向こう側の人間に気付いたそぶりを見せるが、警戒心はなく、「ああ、いつものことだわ。あたし見られているのね」といった具合に、魚はちょっと気取って水の中で一回転する。

ふと、私は誰かと目が会ったような気がした。「私は見られている!」と思った。

目の前の水槽には岩しかなかった。が、顔を近づけてよく見ると、岩と似た色をした握り拳大くらいの「人物」がいるではないか! 彼は独り岩にもたれかかり、か細い足で立ち、痩せた手には杖を持っている。そんなものが私の目の中に飛び込んできた。

頭でっかちで頑固そうな目つきをしたその生き物は、水槽のわずかな水の動きにあわせてゆらめいている。そして、水槽の中からこちらを観察していた。それは、フロッグフィッシュだった。

フロッグフィッシュは、じーっと動かないでゆらゆらと立っているが、豆粒のような小さな目だけは、捜査中の刑事か新聞記者のように、彼のせわしない心の内を現わすかのように鋭くうごめいていた。

解説によると、フロッグフィッシュは、目の前を通り過ぎる生き物を何でも食べてしまうそうだ。幸い、水槽のこちら側にいたからよかったものの、「よく太っていて美味しそうだ」と、私は獲物の標的にされていたのかもしれない。

彼は何でも食べてしまうのでウマの合う友達がいない。水槽の中にあるものは岩だけ。独り法師(ぼっち)で寂しそうだが、本当に寂しいかどうかはフロッグフィッシュ本人に聞いてみないとわからない。寂しいだろうと想像しているのは人間だけかもしれない。

フロッグフィッシュとは正反対に、私の愛犬ドルチェは寂しいとそれを全身で現わす。この世で一番恐いものは独り法師になることのようだ。だから一度も独りで留守番をしたことがない。一緒に行けるところはどこにでも連れて行く。

私が数日間旅行に出る時はかかりつけの動物病院に泊まるのだが、迎えに行くと手足をばたつかせて、「どこへ行ってたんや?遅かったやないか」と犬語で怒っている。それはなぜか京都弁のおじさん言葉で聞こえてくる。寂しさも本気になると凄みが出る。

オクラホマ州に、ニックネームが「ゲギー」という友人がいた。今春、103歳で亡くなる2年くらい前までは一人だけで住んでいた。だが、彼女は孤独な老人ではなかった。ゲギーは美しく知的でユーモアのセンスがあり、人間としての花があった。「私がこの世ですることは終えたから天国に行きます」と最期に言ったそうだ。

そう言えば、そろそろアルフレッド・ウィンロスが来る頃だ。そんな予感がしていると電話がかかってきた。友人のアルフレッドは、年に一度くらい風のようにハワイにやって来る。彼はたぶん75才にはなっているが心は青年だ。生涯独身を通している。

アルフレッドと初めて出会ったのは、ワイアラエにある古い楽器店だった。私は楽譜を探していた。すぐそばでヴァイオリンを見ていたのがアルフレッドだった。私たちはどちらともなく音楽の話をしはじめた。

それからお店での用事が済むと、「主人が車で待っているからご一緒しましょう」と一緒に出て、数日後、家にお茶に招待した。彼は自分のヴァイオリンを持ってきて私たちはデュエットを弾いた。もう15年程前のことだ。

アルフレッドからの電話は、いつも前触れもなくかかってくる。そして、1年か1年半ぶりの再会する。私は大急ぎでおにぎりかサンドイッチを買ってきて昼食を共にし、おしゃべりをする。

「この1年どこにいたの?」と聞くと、名古屋、横浜、神戸だったり、シアトルだったり、香港やシンガポール、遠くはヨーロッパにいたと言う。行く先々に友達がいるようだ。また新しい友達を作る。時には趣味であるヴァイオリンを携えて旅に出る。

アルフレッドは元気におしゃべりをし、サンドイッチを半分だけ食べてから、私のヴァイオリンを3分間だけ弾かして欲しいと言って手を洗った。「僕は一人でまだヴァイオリンの練習を続けているんだよ。まだまだ上達しているんだ」と、夢心地の表情でヴァイオリンを弾いた。

それから、来た時と同じように元気な声で「さようなら」を言って、またどこかの国へ行ってしまった。どこで何をするのか私は知らない。

好きなことをして、寂しくなったら友に会いに行き、そして、ヴァイオリンを友に、どこかで幸せに生きていることだけは分かっている。

(毎日新聞USA連載)


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