Category Archives: Daily Sketch

Haiku Poem

薄衣背中に着けて蝉は発つ うすごろも せなか に つけて せみ は たつ – Michiko Nakamura – Photo by Aya Miyata ◯ Aya Miyata さんのブログに触発されて、一句、ひねりました。   Aya さんの写真も借用しました。

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蝉の羽化

先日、蝉が羽化しているところを見つけました。 蝉は夕方に羽化が始まり、翌朝にやっと飛べるようになるそうです。 蝉が殻から出始めた頃は白かったのですが、すこしずつ色づきはじめていました。 羽化の最中の蝉は、外敵から身を守るために緑色をしているそうです。 とても神秘的でした。

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京都の暑さは、まだまだ、これからです。

8月になり、京都は連日30°と暑い日々が続いて 真昼の龍安寺の参道は、人も蝉も木陰で昼寝状態です。 空には、入道雲(積乱雲)が、連日現れ 同じ京都市内でも、局所豪雨(スコール)が、降るようになり、 以前のような夕立から変わってきました。 It becomes August, hot and day-to-day 30 ° is followed every day Kyoto Approach of Ryoanji Temple of midday is, cicada and people is a nap in the shade of a tree state. In the … Continue reading →

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ハワイ・パシフィック・プレス特集号掲載記事(3)

ハワイから日本に移動して慌しい日々を過ごした半年後、2014年の1月頃、ハワイパシフィックプレスの仲嶺社長から特集号企画のメールが届きました。拠点を日本に移した経緯を3月に文章にし、帰国後ちょうど1年後の夏に、記事が新聞に掲載されたことで、改めて身の引き締まる思いがしています。ハワイでお世話になった皆様にも近況をお伝え出来る良い機会となり、今後も繋がっていくことを確信し、感謝しています。 (以下、新聞掲載記事) August 1, 2014 Hawaii Pacific Press この度、仲嶺さんから、ハワイを懐かしむ記事を書いてみたら、というありがたい依頼をいただきました。私達夫婦は、1987年に京都からホノルルに移り住み、ナコス語学研修所を開設しました。そして、2013年に日本に拠点を移すまで、四半世紀の間、多くの方々との素晴らしい出会いがありました。ハワイパシフィックプレスの仲嶺さんもその中の大切なお一人です。仲嶺さんとのおつきあいは、ナコスの連載記事をハワイパシフィックプレスに掲載することで、約20年間、続いて参りました。そしてまた、このような形で繋がっているご縁が感慨深く、感謝を込めてご依頼にお応えして書きたいと思います。 私達は、2013年7月15日、祇園祭の日に、長年住み慣れたハワイから日本に移りました。25年ぶりに帰った日本の夏は、蒸し暑さの真っ只中でした。そして、関西での用事を済ませるや否や、自宅のある京都を通り過ぎて、関東に向かいました。というのは、次なる拠点は、藤沢にナコス湘南を開く、と決めていたからです。そして、長年住んだ太平洋のおへそ、ホノルル市から、藤沢市のおへそ、善行に移り住みました。 藤沢市を選んだのには大きく二つの理由があります。一つには、インターネットの専門家、親友のコリー・モリソンが住んでいたことがあります。ナコス語学研修所は、ナコスメソッド(ナコス独自の語学習得方式)を、開発し、実践してきました。そして、インターネットが普及するにつれ、ナコスの語学研修は、年々、インターネットを活用した方が、よりふさわしくなってきました。そして、ナコスの関係者は自然とウェブサイトの開発等に関わるようになりました。その中の一人、コリー・モリソンがハワイから藤沢に移り住むようになリ、インターネット関係の仕事を始めました。彼とのメールやスカイプでのやりとりのうちに、藤沢市は東京にも近く、しかも落ち着いた住みやすい町だということを聞くようになりました。私達は、日本に移る準備をしながら候補地を探していたのですが、次第に湘南地域に心が傾いていったわけです。最初は、京都の自宅からさほど遠くない範囲、つまり関西のどこか新しいところで小冒険をスタートさせようと考えていました。しかし結局、ナコスメソッドをスカイプで展開しつつ、ウェブを活用した新しいプロジェクトを創造していくには、藤沢が適している、と心を決めました。実際に住むようになって実感していることが、もう一つあります。ハワイ州をはじめアメリカでのナコス関係者が、ナコス湘南に立ち寄りやすいということです。日本に旅行する計画の中に、あるいは、東南アジアや台湾・香港に出張した帰りに計画を組み込んで、「日本の我が家」に帰ってくるような気軽さで、東京からさほど苦労することなく訪ねてくれます。スカイプやウェブでナコスのネットワークを強めていくと共に、自然と集まりたくなるようなナコスコミュニティーが育っていることを、ゆっくりと実感しているところです。 ダイヤモンドヘッドのあるホノルルに行く弾んだ気持ちが、富士山の見えるナコス湘南にそのまま続いているようで、別れというものがありません。むしろ未来に向かって強く繋がっていくようです。ナコスハワイは、チェイ・シラーに任せて、スカイプやメールで連絡をとりながら、ナコスメソッドの充実に励んでいるところです。毎日、ダイヤモンドヘッドを眺めながら生活した歳月は、緩やかに過ぎたようでもあり、あっという間に飛び去ったようにも感じます。ハワイへの強烈なノスタルジーというならば、それはやはり、ダイヤモンドヘッドの見える海の光景です。海で遊ぶということは滅多にありませんでしたが、人のやってくる街、人のいる街、美しい自然に囲まれたホノルルが大好きでした。ここ善行の街でも同じように、富士山がまるでお隣さんのような顔をして立っています。ハワイに似た藤沢の穏やかな人達。すうっと静かに地元に根を下ろし始めたところです。暮にはグリーンライフ湘南というケアホームから招かれて、ヴァイオリン演奏をしました。言葉と音楽は新しい土地に溶け込み、少しずつナコスのコミュニティーが広がっていきます。ハワイで心に培った財産を、今後も亀のようにゆっくり磨いていきたいと思います。仲嶺さんをはじめハワイでの貴重な宝物は何と言っても人です。そして、美しいハワイも大切な思い出です。また落ち着いたらハワイへのお礼として、ハワイと日本を行き来したいと願っています。 ◯ 画像をクリックすると大きくなります。

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ハワイ・パシフィック・プレス特集号掲載記事(2)

現在、鎌倉で裏千家茶道教授をしている中島美貴代さんとは、27年のおつきあいになります。 美貴代さんは、ナコスをホノルルに開設して、最初の英語の生徒さんでした。 その後、日本でも長い散歩で会える距離にいて、お互いゆっくりペースの親友です。 ハワイパシフィックプレスの仲嶺社長からこの企画のお誘いを受けた時、一番にご紹介しました。 (以下、新聞掲載記事) August 1, 2014 Hawaii Pacific Press ハワイから帰国して早や17年が経ちました。ハワイには9年程暮らしていましたが、今でも青く澄み渡った空、紺碧の海を懐かしく思い出します。素晴らしい気候、そしてたくさんの自然に恵まれた環境で、のんびり、ゆったりとした時を過ごしたハワイは、私にとって楽園、パラダイスでした。 帰国後、私はずっと鎌倉に住んでいます。武家の古都、鎌倉は湘南と呼ばれ、日本では住んでみたい街の3位にランキングされる程人気のある場所です。東京から電車で約1時間と言う程良い距離に位置し、三方向を山に囲まれ、目の前に広がる海、そんな自然豊かな土地柄が人気の理由でしょうか。一年を通して、日本国内だけでなく、海外からの観光客で溢れています。 私は、鎌倉でも海に近い材木座海岸の側に住んでいます。ここからはお天気の良い日には伊豆半島や江の島が見え、運が良ければその先の富士山を臨むことが出来ます。マリンスポーツも盛んで、休日には多くのサーファーが波を求め、またフラダンスを習う方も沢山います。昨年には、鶴岡八幡宮の舞殿に於いて、ヒロのフラダンスのグループが古典フラを奉納したりと、そういう意味では似通ったところがあり、ハワイと鎌倉は近い距離にあると感じます。 私の仕事はと言いますと、ハワイでの生活もそうでしたが、日本の伝統文化である茶道を教えています。鎌倉はご存知の通り神社、仏閣が多く、そこでよくお茶会が催され茶道の盛んな土地でもあります。しかし近年では、若い人達の間で茶道を学ぶ方が少なくなっており、また茶道ばかりか全体的にも日本の文化を学ぶ方が減少傾向にある様で、これはとても残念な事だと思います。慌しい現代社会に生きるからこそ、心にゆとりを持ち、季節の移ろいを感じて欲しいですし、また、他に対する心配りやおもてなしの心も、茶道を通して多くの人に学んで欲しいと思っています。 四季のない常夏のハワイでは、日本独特の季節感を味わうのは難しい事ではありましたが、逆に無ければ無いなりに、身近なものを茶道具として見立てたり、和菓子が手に入らなければ自分たちで手作りすることも覚えましたし、色々と工夫する事でハワイならではの茶道を楽しむことが出来ました。そんなハワイでの経験を生かしながら今、私は微力ながらも茶道の良さを伝えるべく日々忙しく頑張って居ります。時折、テレビで放映されるハワイの映像を見る度に、また懐かしいハワイを訪れてのんびりしたひと時を過ごしたいと願っています。 ◯ 画像をクリックすると大きくなります。

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ハワイ・パシフィック・プレス特集号掲載記事(1)

ハワイから日本に移動して慌しい日々を過ごした半年後、2014年の1月頃、ハワイパシフィックプレスの仲嶺社長から特集号企画のメールが届きました。8月1日に、私どもの記事も含めた特集号が出ました。紙面のトップページは、この企画の経緯について新聞社の挨拶文です。 (以下、新聞掲載記事) August 1, 2014 Hawaii Pacific Press 懐かしいハワイ   日本に帰国した人達は今。 かつてハワイで活躍した日本企業の戦士9人が近況報告!  ハワイ進出の日本企業が華やかなりし頃、特に1980年台半ばから、1990年台初めに掛けた、いわゆるバブル景気の頃にハワイで活躍した”戦士”達は、その後どう過ごしているだろうか。気になる事だ。  そこで、本紙ハワイパシフィックプレスは、一念発起、その戦士達の近況をレポートする企画を立ち上げ、創刊37周年記念号に特集を組む事にした。題して 「 懐かしいハワイ — 日本に帰国した人達は今 」。  さっそく、今年1月中旬には本紙仲嶺社長と親交のある宮村宏氏(野村證券、東京在住)と昨年25年ぶりにハワイを引き揚げて日本に帰国したナコスの中村修三・美智子夫妻(藤沢市在住)に連絡をとって企画を提示、協力を仰いだ。  その結果、両氏ともそれを快く引き受けて関係者にハワイパシフィックプレスの企画を紹介して、ハワイの思い出や近況を綴った一文を寄稿するように勧めてくれた。  反響は瞬く間に現れた。3月に入ると、中村夫妻とその紹介による中島宗美師から待望の原稿が飛び込んできた。4月になると宮村氏紹介の面々からも次々にeメールで原稿が送られてきた。  東京メガネの副田篤樹氏、日本航空の大久保忠道氏、味の素の浅野徹氏、全日空の丸山洋典氏と続いた。皆さん、創刊間もない、よちよち歩きの本紙ハワイパシフィックプレスに広告を掲載して経営を助けてくれた恩義の深い懐かしい人達である。  その後に、東海銀行の村山智之氏、UCCコーヒー、Y畑商会の佐伯栄昭氏、宮村宏氏らが加わり、締め切りの5月末までにはその数9人に。予想を遥かに上回る成果である。  受け取った原稿に目を通すと、帰国後の各戦士の処遇は皆良好。重要なポストを任されており、それぞれがその会社のエリートであったことが伺える。引退後は大学で教鞭をとった者、英語力を生かして外国で重要な職務に就いた人もいる。  浅野氏のようにハワイ在住が人生の転換期をもたらした人もあり、ハワイは全ての寄稿者にとって第2の古里的存在のようだ。毎年遊びにきている人もある。  次に、9人の原稿を一挙に掲載。  尚、東京には東京ハワイアスナロ会という団体があり、1993年12月の会員は69人、2011年7月の登録者は38人。主にゴルフを一緒に楽しんでいる、という。 ◯ 画像をクリックすると大きくなります。

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善行の納涼祭

暗くなった頃、善行駅前で盆踊りが始まりました。 屋台では、たこ焼や焼きそばを焼く煙が、勢い良く昇っています。 のんびりとした賑わい、とでも申しましょうか。 これこそ、末永く、無理なく、続いていく、心を繋ぐ楽しみだと思いました。

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ちょっと安心しました

昨日、蝶々の数が減少していることを書きました。その事を、自家の畑で出来たビート(砂糖大根または赤かぶ)やキューリを下げてやってきたお向かいのダンさんに話すと、ダンさんの庭に咲くジニア(百日草)には揚羽蝶が沢山やってくるといいます。そして今日はうちのバタフライブッシュにも黄色と黒の揚羽蝶がやってきましたので、蝶々人口(?!)は絶滅というわけではないとちょっと安心しました。やって来た蝶々を写真にとりiPhotoに入れ改めて見ると、上から見るとただの黄色の点々が下から見るとピンクがかったオレンジ色であることがわかりました。

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Haiku Poem

去年よりもっと暑いと三十年 きょねん より もっと あつい と さんじゅう ねん Hotter than last year, I’ve been complaining past 30 years. ハワイに住んで三十年、でも記録の上では、それほどの違いもないんですね。 10月には東京に行くつもりですが、家内の妹が、Washinton 州 の Whatcom Community College の学長で、東京の幾つかの大学から講演を頼まれて行くのに付いていくことにしたわけです。一つは大妻文化大学で、パンフレットを送ってきましたから、添付しました。

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蝶々のお目見え

昨年でしたか、農薬その他が原因で蜂や蝶々等の昆虫の数が世界的に減少している、しかし、その事実に驚くばかりで何もしないのは良くない、その代わり、これらの昆虫類の生存をたすける草花を植えよう、との記事を目にして以来、今年の春はぜひ蝶々の好きなバタフライブッシュを数本植えようときめていました。無事、バタフライブッシュが育ち、蝶々のお出ましを待っていたところ、先週ごろから、大きな黄色と少し小さい黒の揚羽蝶がやってくるようになり、やれやれと胸を撫で下ろしているのですが、なんといってもその数がすくなく、まだまだ気が許せません。ともかく、バタフライブッシュは効果ありと解りましたので、来春にはもっと多くのバタフライブッシュを植えるつもりです。ところで、蜂は蕾を付け始めたラスベリーの花がお好みのようです。 Sometime last year, I read an article which said that the number of insects such as bees and butterflies has been decreasing steadily worldwide. The worst thing was to be shocked by the fact and do nothing. Instead, we … Continue reading →

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