Category Archives: Story – FiddlerMi 1

Violin弾きのお美っちゃん~7

広がりのある暖かさ……

 維新の英雄といわれる坂本竜馬が、土佐の桂浜から太平洋の遥か彼方を仰ぎ見て、「この海の向こうはハワイに続いちゅうじゃろうか」と言ったかどうか、私は知らないが、彼はその後京都に行った。

 私は、高知を出てから、京都とハワイに、それぞれ人生の約3分の1弱を生きている。高知城のすぐ傍に家がある。高知城は私の遊び場だった。愛犬フォックステリアの弁慶ちゃんとのお散歩コースでもあった。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~6

笑顔と隣人と犬たちと……

 私の事務所が入っているビルは気取ったところがなく、まるで長屋所帯のような雰囲気がある。ビルの前には、両側に白いプルメリアの木が植えられているが、その他の植物は、やたらと繁殖力の強い、盗まれてもいいようなものばかりだ。

 1階は地続きでそのまま駐車場になっている。表構えばかりではなく、ビルのオーナーやテナント、ここに出入りする人たちのごく自然なやりとりが、長屋所帯のような不思議な雰囲気を醸し出している。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~5

その際は、綺麗なビーチで……
 
 とても大きなハリケーンがハワイを襲った時のことである。

 ハリケーン・イニキ。被害は相当なものだった。その前日、オアフ島には緊張感が漂っていた。午後のラジオやテレビのニュースでは、ハリケーンイニキの進路の向きはオアフ島だと報道していた。

 午後のスーパーマーケットは、食料や水を買い込む人々でごったがえした。皆、車のガソリンも満たんにして家路についた。島だから何か非常事態が起こると、外部と寸断されて物資が不足する。そうなると、食料や、トイレットペーパーや、飲料水や、ガソリンなどがしばらく手に入らなくなるのではないかと島民は危機を感じた。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~4

ホノルル・長屋暮らし……

 私はホノルル市中心部で、交通量の多い通りに面した長屋に住んでいる。この長屋は築40年以上になるらしいが、うまく造られている。安普請には違いないが、地元の人の暮らしにそくしているとでもいえようか。

 10数年間のホノルル暮らしで何度か引っ越したが、ずっと高いビルディングだった。そうしたビルと比較しても、今、私の住む長屋は、建物の向きが微妙にうまく計算されて建てられているようだ。ぎりぎりのあやういところで、太陽の光が部屋の中を直撃しないようになっている。たいしたもんだと思う。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~3

すぐに洗えばいいのだ!

 手にジンマシンが出たのでお医者さんに行った。診察の時に、体重が増えているのがわかり私はダイエットをすると医師に言った。「やりますか」と性格のよい医師は顔を引き締めて言った。「ハイッ」。私は力強く答えた。

 「……何が一番いけないかというとアイスクリームです。とくに、……のアイスクリームが一番いけません!」。私がそのアイスクリームをお店で買っているのを、まるで見ていたかのような切りだし方だった。もちろんその医師に目撃されたことなど一度もない。そして医師は私に食事療法を指導した。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~2

花にも心がある?

 京都の鴨川の近くで住んでいた家の前は桜並木だった。満開になると花吹雪となった。夫が止めた車に積もった花びらは、朝、春の空に渦をまいて舞い上がった。そして、桜が終わる頃は緑の葉がにおい、並木の足元のつつじが咲きほこった。

 裏庭の隅には、朽ちていると思われるような芙蓉(ふよう)の古株があった。しかしその株は、毎年淡く柔らかいピンクの花を咲かせた。花びらは触れることがはばかられるような命の儚(はかな)さをたたえていた。

 今、ハワイでハイビスカスを見る時、あの裏庭の芙蓉を思い出す。ハイビスカスは陽が昇ればいつでも咲くといわんばかりの命の勢いを見せているのに……。 Continue reading

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Violin弾きのお美っちゃん~1

ハワイぼけ? 十数年前にハワイに来た当初、やはり同じ時期に日本から来ていたある女性と知り合った。東京生まれ、東京育ちで、ハワイには夫の勤務に伴って来ていた。「博物館や美術館、コンサート会場がすぐそばにある東京に早く帰りたい」と彼女は繰り返していた。そばにそういう施設があると、「文化」を感じるらしいのだ。 学生生活と結婚生活を通して、私は京都に長く住んだ。文化と伝統と歴史の町というにふさわしい。博物館の内部はもちろんのこと、その周辺をひとりで散策するのにも、ロマンと文化の風に当たることができると思った。 しかし、美術館のそばに住んでいるからといって、そこの人たちがいつも心の中で美を追求しているわけではない。洪水のようにあふれている音楽会のどれに行きたいかが判断できないでいて、「コンサートホールが近くにあるから文化を感じる」ということでもない。 「ハワイぼけする」ということばをよく耳にする。ところが、「夏休みぼけ」「お正月ぼけ」などとは言っても日本のある地方の地名で、例えば、「青森ぼけ」とか「鹿児島ぼけ」とは言わないし、私は聞いたことがない。 「ハワイぼけ」とは、身も心も定まらない浮かれた気分が、なんとなく継続している状態なのかもしれない。だが、ポワッとした空気の常夏の島にいるから、ハワイぼけするのではないと私は思っている。 日常の循環が淀まずに、その人が心の中で目指すものをもっていることが大切なのだ。心に伝わる周波は、大きな声でも小さな声でもない。速いものでも遅いものでもない。それぞれの「心の内の音」と共鳴したものをつかんだ瞬(とき)に、その地の時空間が、自分自身のものになってゆく。 眩しく、目のくらむようなハワイの大きな太陽の光の輪。真っ青な空と海。吹き抜ける風。それらがただ頭の上を通り過ぎて日々が循環するだけでなく、小さな音の抑揚を聞き、力強い映像を個々の心に焼き付けることが出来るのであれば、そこには、「ハワイぼけ」などという世界はやってこないだろう。 強烈な太陽と、空と海と、その風を受けながら、一見穏やかで何もなさそうに見えるハワイの表層の内側で、大きな「炎」をいだきながら生きている人々を知らずに、ハワイを訪れては去っていく人がなんと大勢いることだろう。 心の中に聞こえ続ける音楽、人々と交したことば、共に過ごした時間……そのひとつひとつが心の奥深いところで形になる。目に眩しいだけではない、そんな「ハワイ」との出会い。心の中から発するものとの絶え間ない「創作」の日々がある。 喧噪の都会のコンサートホールや美術館の壁からは決して生まれない、私自身の内なる炎を持ち続けたいと思っている。 (毎日新聞USA連載)

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