Violin弾きのお美っちゃん~5

その際は、綺麗なビーチで……

とても大きなハリケーンがハワイを襲った時のことである。

ハリケーン・イニキ。被害は相当なものだった。その前日、オアフ島には緊張感が漂っていた。午後のラジオやテレビのニュースでは、ハリケーンイニキの進路の向きはオアフ島だと報道していた。

午後のスーパーマーケットは、食料や水を買い込む人々でごったがえした。皆、車のガソリンも満たんにして家路についた。島だから何か非常事態が起こると、外部と寸断されて物資が不足する。そうなると、食料や、トイレットペーパーや、飲料水や、ガソリンなどがしばらく手に入らなくなるのではないかと島民は危機を感じた。

地域によっては、犬や猫などの愛しいペットを家に置いて、公共施設に非難を命じられた。その夜、雨はいよいよ激しくなり、ラジオは夜を徹してハリケーンの進路を報じた。海の水位はますます上がる。ワイキキとその山側を隔てるアラワイ運河も溢れそうだった。

その夜は、私の住んでいるホノルル長屋にも激しくすき間風が吹き抜けた。幸いにも長屋はびくともせず、そのうちに眠りについた。次の朝、イニキは、突如向きを変えて、美しいカウアイ島を直撃したことを知った。

京都で何度か「台風がやってくる前ぶれ」に遭遇した。雨が降り、湿気を含んだ空気も重たい。学生時代に「台風がくる。あしたは休講や」と誰かが言うが、いつも台風は京都までやって来ず、次の日はからりと気持ちよく晴れていた。「やっぱりなあ」と私は思ったが、京都の友だちは「台風、来いひんかったなあ」と残念そうな声を出した。

毎年そうだった。京都には台風は来なかった。「台風も地震も来ないんだったら、京都の人は甘やかされてあかんなあ」と私は内心思った。私は高知出身なので、毎年毎年、台風が通過するので、そのたびに県民は被害を被っていたからだ。

西暦2000年になる前、Y2K、コンピューターの誤作動による危機感を、私の友人は異常に敏感に受け止めていた。12月31日がやってくる数カ月前から準備をはじめているようだった。友人は、会うたび毎に準備をしてるかと私に聞いた。私は何もしていなかったので、そのたびにごまかしていた。

その友人は、まだ30歳前の美しい独身女性で、両親はすでになく、ひとりで全ての心配をしなければならないのだった。コロラドに持ち家はあるのだが、数年前からホノルルに住んでいる。歌い手なので、教会や結婚式で歌ったり、コーラスやオペラで歌ったりしている。

その準備とはどうゆうものか、友人は私にこと細かく説明した。私もだいたい飲み込めた。台風の時と同じだ。分かっている。だが、大切なポイントを友人は熟慮していなかった。用足しである。電気が寸断される。水も、食料もトイレットペーパーも十分にある。しかしだ。水洗トイレはストップされることだろう。

友人は、澄んだ青い目をほんの少しくもらせ、長い金髪を横に振りながら「どうしよう」と思案顔を見せた。だが、すぐに顔を上げて、誇らしげに、笑いながらこう言ったのだった。

「ビーチが近くだから、その時はビーチで……。コロラドの山をハイキングした時に、横倒しになっている大きな丸太の縁で用を足していたから、簡単なことよ」

(毎日新聞USA連載)

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