Violin弾きのお美っちゃん~27

ホノルルの早春に……

常夏ハワイの冬に軽やかな春風が舞ってきた。北半球が春に傾いた。

それでも2月は、ハワイに住む人々も風邪をひく。暖かいところだから風邪をひかないということでもない。また軽い風邪の症状は、時にはしつこく長引く。

普通の風邪では「すぐにお医者さんに行きなさい」とは誰も言わず「ビタミンCと水分をたくさん採ることよ!」と強調し、激励する。そして「もっと悪くなったらお医者さんへ行く」と言い、結局、風邪くらいではお医者さんには行かない。

日本に住んでいた頃、私はよく風邪をひいた。お医者さんが「風邪をひきそうになったらハンカチでも何でもすぐに首に巻きや」と言ったのでそうしていたが、次第にそれでは効かなくなり、最近では首にバスタオルを巻いて寝るようになっている。

それは風邪の予防と治療に有効なのがわかり、もう1枚首に巻いてみた。その結果、困ったことが起きた。2枚のバスタオルが睡眠中の首を不自然に固定していたせいか、むち打ち症のように首が痛くなった。やはり2枚は、やり過ぎだった。

もう、春がそこまで来ているらしいのに、今ここで風邪をひくわけにはいかない!

いつ頃のことだったか……風邪が長引いて咳が止まらなくなり、ハワイで初めてお医者さんに行った時のこと……「風邪くらいでお医者さんに行かない!」と何とか自力で治していたが、その時ばかりは仕方なく覚悟を決めた。

仕方なしとはいえ「信頼出来てわがままが言える医師は?」と考えた。そう!友人に性格のよい医師がいる。友人にわがままを言いたくないが、わがままを聞いてくれる医師でなければならなかった。

私は少しばかり緊張してクリニックに行った。はじめに看護婦さんが症状や病歴を問診し、私はまじめに答えた。それから医師が素早く診察し、薬を処方した。「これでやっと苦しみから解放される」と安堵して席を立ったところ、医師は私の顔をじっと見つめた。

「何か、し残していることでも?」とは口には出さず、私も見つめた。5秒後、医師は何も言わずに目をそらし、私も向き直した。そして、もう一度見つめ合った。別に恋をしたわけではない。服の上からでも充分に聴こえるはずの医師の性能のよい聴診器が、私の心音を拾うことができなかったからだろう。

「聴こえなかったんでしょう?人体解剖図の位置に、私の心臓はないのよ」とは告げなかった。

私の心臓はねじれ、傾いている。どうしてなのかは医師もよく分からないから、私もよく分かっていない。日本の医師たちは分からないことを「分かりません」と言えず、興味とごまかしの表情をした。もっとも、医師自身がそんな顔つきをしていることすらも、本人は気がついていないようだった。

ここハワイの病院には、日本人医師も含め海外からの研修医がたくさん来ている。

「研修が終わったら日本に帰るの?」と、ある日本人研修医に聞くと「帰りたくない」と答えた。私はどちら贔屓でもないのだが「やっぱりなあ」と意外に思わなかった。

彼らはアメリカの医療技術だけでなく、患者と医療者との心理的関係や医療体制を学ぶ。「日本を出て、新しい価値観を身につけてきた医療者には心穏やかになれない」というドメスティック感性の医療者は少なくないようだ。だから、そこには帰りたくない。帰り難い?のかもしれない。

「アメリカの医療は進んでるよ」と誇らしげにハワイで働く外国人医師。「日本には帰り難いよ」と言う研修医。どちらにしろ「患者になるかもしれない者」にとってみれば、頼りがいがない感じがする。医療こそ、「診る者」と「患う者」の双方向の心のネットワークが必要なのではないのだろうか?

「患う者」になる側の私は「病気は寄せつけないぞ!」との気概を持って生きることが大切だと信じる一方、「自力で治せなかったら診てもらいに行くからね」と友人の小林医師に前宣伝だけはして、バランスを保ってきたつもりだった。

そして、03年、ホノルルの早春。「くしゃみが出ようと首が痛かろうが、少しばかりの症状なんてお構いなしだ!もうすぐ春だ!」と、半ばやけくそ気味に冬を突っ切ろうと頑張っていたのだが……なぜか呼吸が辛くなった。

前宣伝の多さに迷惑していたかもしれない小林さんは、呆れ顔を見せることもなくすぐに診察してくれた。が、高熱は数日間続いた。そして、まだ微熱が残るぼんやりした頭で考えている。

お医者さんだって分からないことがたくさんある。でも、そこに誠意が見えれば、患う者の心は開く。本当は誰もが心の通った治療を望んでいる。ささやかに感じられる、ハワイの早春のような温もりを。

(毎日新聞USA連載)




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