Author Archives: TatsuruArimura

ありさんの旅

ありさんの旅はひょんなことから始まりました。 私が昨年8月に広島に置き去りにしてきたことがきっかけで、 メッセージと写真をよこし、そのまま旅に出てしまいました。 一緒に入ってたパンフから推測すると、まずは高知県の旅だったと思われます。 青いベンチでたそがれ メッセージ 次からはメールで旅の様子を知らせてくれました。 高知からいきなり静岡。 日本平にて かと思ったら3月に 次は…イタリア。 ほんとにイタリア 「あ、そうそう、ピサの斜塔は今日もいい感じに傾いてました。」 あなたの眼鏡もズレておりますが…。 ご無沙汰して5月。 今度は鹿児島に。 イタリア帰り(?)でたそがれてますね。   桜島へ向かうフェリー なんと鹿児島ラーメンが私の元に届きました。 ありがとうございます。 鹿児島ラーメン さて次は…6月。 鳥取へ。三朝温泉で田舎の蛍とカエルに癒されたよう。 神社にて そして8月に。 「今回はちょっと新婚さんとこにおじゃましてきたよ. 旦那さんに会うのは大学の時以来やったけど、二人とも元気そうやった.」 幸せベアに囲まれて 新婚さんて誰っ?! その足で津和野へ。 カトリック教会 太鼓谷稲荷神社 特大カキ氷も食べて…絶対お腹壊してるね。 いろいろ飛び回っている様子。 そして最近は、東京! 今話題の等身大ガンダムと背ぇ比べ。 いくらなんでもそりゃ勝てへん。 ガンダム2ショット そして最もうらやましい…ジブリの三鷹の森美術館。 トトロでかい … Continue reading

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平成20年8月26日

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平成19年8月26日

三回忌。創作一家の5人とaikaちゃんとで京都へお墓参りに行きました。久々に創作一家6人が揃いました。揃ったみんなを見て、なんかあの頃よりも大人に なったんだなぁって感じました。 来年、5年後、10年後… ウチ等はどんな風にここに立ってるんやろ。31歳になった年、どう思うんやろ。みんなに会えて よかったね。ari-sanに、胸張って会えるよう自分らしく頑張る。 どうしても生きたかった「1日」の重み を大事にする。 その後はもちろんありさんが愛してやまなかった「ラーメン」を食べに行きました。 すみれラーメン(北海道)。おいしい(*^ー^*)私もラーメン大好きです。

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闇と光

しんどい時こそ、前向きに。
闇ばかり見てないで。

頑張れ。
強く。
自分の闇に負けんな。
自分の闇にもいつか光が差すはず。
 
闇があるから光が際立つ。
闇も光も含めたすべての光景に感動する。           
Photo:TatsuruArimura

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Tatsuru

 
My name is Tatsuru Arimura. I was born on February 3rd at 1:00 am in Kagoshima City, Kagoshima Prefecture in Kyushu, the southernmost part of Japan. Kagoshima is the place that produced many revolutionaries of the Meiji Restoration. Currently, my family members consist of three: my mother, younger sister, and myself. My father passed away from stomach cancer when I was 12 years old.

Several months after I was born, I moved to Nishinomiya City, Hyogo Prefecture because of my father’s job. I was there until I was 4 years old. Now, I think about the past and realize that we lived in a place that was not suitable for us to grow up in. There were a lot of gas tanks, garbage and such. What I remembered of my father was his strict ways and being hit on the head by him. Also, I remembered he tickling me and I was laughing so hard, I could not breathe, but I did not know how to tell him. This was such a traumatic experience that it haunted my dreams until I was 15 years old. However, now, it is not as traumatic as it used to be. Continue reading

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たつる

 
 私は有村立といいます。 1974年2月3日、午前1時頃にこの世に生を受けました。 生誕地は、日本本土最南端の鹿児島県鹿児島市です。 鹿児島は明治維新の時に、多くの革命家を生み出した土地です。 今現在の家族構成は、母親と妹の3人です。 父親は、私が12歳のときに胃癌で死別しました。
 
 生後数ヵ月で、父親の仕事の都合で兵庫県の西宮市へ移り住み、周りがガスタンクやゴミ処理場という、今考えれば空気の悪い、成長発達には好ましくない環境で、4歳までそこで育ちました。 その頃に残っている記憶と言えば、父親が厳しくてよくゲンコツを食らっていたことです。 また両親にくすぐられて、笑ってるものの、あまり長い間やられると、だんだんと苦しくなって、「もうやめて!」 と言いたかったのですが、まだ言葉がでる前で言えなかったと言う記憶があります。 その記憶は、15歳くらいまで自分の夢に出てくるほど、ある意味トラウマになっていました。しかし、今はそういうトラウマはありません。 Continue reading

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ありさんの会

ありさんが亡くなってから、もうすぐ一年がたちます。

8月12日にありさんを偲ぶ会をやろうと計画しています。
ありさんを囲んでた大学のたくさんの方にメールを送りました。

すると参加のお返事が18人返ってきました。

嬉しいな。

遠方から来てくださる方もいます。
相方、よかったね。
嬉しいね。

みんなとたくさんたくさん話がしたい。
いい会になればいいな。

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