牛肉騒動に文化の違いを見る

  ぎゅうにく そうどう に ぶんか の ちがい を みる。

 2月25日、博多に住む母が電話で 「ノーフォークの牛肉包装工場が狂牛病の影響で閉鎖するというニュースが、こちらのテレビに出ていた」 と知らせてくれました。

 母は7年前、90才の時、ノーフォークを訪ねてきましたから、思いかけずネブラスカの小さな町の名をテレビで耳にして懐かしかったと言っていました。私もこの小さな町が日本のテレビで放映されたことに驚きました。

 興味深いのは、当のノーフォークでは牛肉包装工場の閉鎖のニュースは、もっぱら1,300人の従業員の失業の問題として受けとめられていることで、「狂牛病」についてはなんら触れていないことです。

 ノーフォークの牛肉包装工場閉鎖の件はさておき、2003年の暮れに発生した狂牛病事件は、2年以上経過した今でも解決するどころか、昏迷を深めているばかりです。

 他の例でも言われたことですが、日米の文化の違い、あるいは、考え方の違いが、大きな原因だと感じます。

 江戸時代に約230年間鎖国を続け、ひたすら仔細完璧をめざした日本と、一方、16世紀以来移民が続き、今なお流動しているアメリカとでは、牛肉の取り扱い方ひとつをとっても、大きな違いがあります。

 極言すれば、日本にとってアメリカは 「全てがずぼら」、アメリカにとって日本は 「細かいことにこだわる」 となります。

 2年間話し合いを続け、2005年12月に制限付きで牛肉輸入解禁にこぎつけたのですが、「ずぼら」 なアメリカは制限条項を無視し、アメリカが過ちを正した後も信用しない日本とでは、早急の歩み寄りは期待出来そうにありません。情報革命で世界は狭くなったといわれますが、そう見えるのは表面だけかもしれません。

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