Violin弾きのお美っちゃん~32

生き物と人と……

ハワイでは、犬、猫、ヤモリが大事にされている。漢字で「守宮」と書き、英語では「ゲコー(gecko)」という。ゲコーとはふざけた名前に聞こえるが、ニックネームではない。

ハワイの住まいは自然と共存している。山があり庭があり、街路樹に囲まれている。ゲコーは毒を持たず、人間に悪さをせず、おとなしく小さな虫を食べてくれる。そして、住居の回りをパトロールしてくれるありがたい生き物なのだ。

だから殺してはいけない。団地・マンション時代になる前の日本と同じだ。

家の中に住み着いているのは、日本でも見たことのある薄茶色の痩せたヤモリと似ている。日本の都会からハワイに来た旅行者が、「家の中にトカゲがいる」と驚くことがあるが、それはゲコーとそこの家人に対して失礼というものだ。ゲコーは家を守っているのだから。

植物が繁る場所に住むゲコーは、やや小太りで緑色をしている。緑の葉っぱかと思えば、急にのそのそと動き出す。ハワイの人はそれを見つけると、「あっ、ゲコーがいる。小さな昆虫を食べてくれるいい生き物なのよ」と、まるで自分のペットのように親しみを込めて言う。

「ヤモリ」と言ってしまえばそれまでだが、ハワイの守宮は人々に愛される「ゲコーブランド」として活躍している。ゲコーは、シャツやパンツなどの衣類、キーフォルダーなどの小物にデザインされて登場している。

動物相手のビジネスは様々あるが、ドッグショーの世界をハワイで身近に見てきた。見聞きしたことが全てではないにしても、「こんな世界もあったのか」という驚きがあった。それは犬にではなく、人間の世界への驚きだった。

マークはシーズー犬のブリーダーだった。私の愛犬ドルチェは何匹かの兄弟と共にマークの手によって生まれた。彼はショードッグとして最も素質があると判断した1匹を手元に置き、残りをかわいがってくれる人に「値段がないくらいの安さ」で譲った。ドルチェも手放され、私のものになった。

7年前の5月。生後5カ月のそのドルチェがドッグショーに出場して小型犬のグループで3位になった。賞に大きなリボンをもらい、審査員と並んで記念撮影をされた。「審査員の評価は正当なものだったよ」と、ショーを見ていた人たちは喜んでくれた。

だが、犬の専門家を自認するドルチェの「生みの親」であるマークにとっては、かなりショックな出来事だったようで、失意のために腰が抜けたように椅子に座り込んでしまった。

マークはそのドッグショーで「取っておきの彼の1匹」で勝利を得てデビューをさせるはずだった。彼にはその自信と確信があった。が、ブリーダーとしての将来を賭ける大切な試合に、彼は負けた。そして、「プロのブリーダーとしての眼力がなかった」という噂が広がった。今思い返せば何と残酷なこと!。

ドルチェはショードッグとしての評価を受けた。それから数年間、趣味でドッグショーに出場して大いに楽しんだ。そこで、犬で財をなすために血眼になっているブリーダー、ハンドラー、審査員たちを見た。それはまるで博打の世界のように思えた。

ハワイの人々は動物を愛(め)でている。だから「犬を飼っている」というより、「犬と住んでいる」という表現の方がふさわしい。植物と共存し、動物たちと共に暮らしている。

ハワイの「ゲコー氏」は有名になり財をなしたが、可哀想なのはゴキブリだ。固く脂ぎった背中を持つ、すばしっこい日本のゴキブリとは違い、ハワイのはのんびりしている。気の毒だが見つかると簡単に捕まってしまう。

が、ハワイのゴキブリは愛されていないが、憎まれてもいない。日本の「ごきぶり氏」は憎まれているが、ごきぶり捕獲器や殺虫剤のラベルになり、財をなした。

ハワイで憎まれているのは「シロアリ氏」。ハワイの人々はシロアリを怖れ、戦い続けている。災害のようなものだ。

シロアリは豊かな樹木を食い荒らし、鋭いドリルで幹や根に穴を開けてつき進み、家の中に這い上がり、床や柱や屋根までも食い潰してしまう。更には家具や木製の楽器までも破壊する。そして捕まることなく、長い羽根を広げて飛び去るのだ。実に厚かましい。

レッドウッドというシロアリを寄せつけない木があるそうだ。別名セコイヤという赤い杉材で、これをカリフォルニアから取り寄せて家一軒建てるとなると、相当な金額になるらしい。「だからハワイはだんだんコンクリートの家が増えるのよ」と友人が言った。

ハワイの木造家屋では、青いビニールテントを屋根からすっぽり覆ってシロアリ駆除をする。テントの中で何が起こっているのか知らないが、その間、住人はどこかに避難する。私の友人はワイキキでホテル住まいを楽しんだ。のんきな様だが仕方がない。

今のところシロアリとハワイの人々の間には共存の道が見えていない。「ゲコー」はどことなく親しみを抱く共生者だが、英語でターマイトというシロアリが、マイペースで温厚なハワイの人々の心を掴むことはなさそうだ。

(毎日新聞USA連載)


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