Violin弾きのお美っちゃん~8

教えたくなかったのに……

雨がじとじと降る、蒸し暑い、ある土曜日の午後、私はホノルルのこども病院でヴァイオリンのミニコンサートをすることになった。ヴァイオリンと譜面台とドレスと、それに黄色い大きな紙に書いた日本語の言葉と、プログラムを両手いっぱいに抱えて、早めに病院に着いた。

ユーモラスな表情のゾウさんの診察台や、レントゲン室のかわいい壁紙は、恐怖心を取り除いてくれる。院内の壁のいたるところに明るい大きな絵が掛けられ、天井からはカラフルな紙テープやお花がぶらさがっている。

その空間を、大きなトンボが空を飛ぶように揺れている。こんな病院なら私も怖くない。それに学校だってある。

敷地内には、義手や義足、特別の形をした靴などを作るための別の建物もあって、機械類や、様々な小道具と、石膏の足の型などがたくさん並べられている。そこで働いている人たちの顔には、その仕事をすることの喜びと誇りがあふれていた。

「お仕事は楽しい?」と聞くと「当然さ!」と言う。「何アホなことゆうてんの」というような顔をして、大きく口を開けて笑いながら答えていた。

きょうの小演奏会がどんなふうになるかと想像すると、緊張感とともに、クスクスッと笑えてきそうな、いたずらっぽい気持ちが入り交じってワクワクしていた。

玄関で警備員の人に丁寧に案内されて演奏する部屋に入って行った。ロングドレスに着替えて、譜面台を部屋の中央に置き、少しだけウォームアップをしてから、みんなが入ってくるのを待った。

時間になった。

大きな自動ドアがスーッと開いて、5才くらいの女の子がにこにこしながら車椅子をサーッと走らせてはいってきた。女の子は、ヴァイオリンを持って立っている私の前まで来て、ピタッと車椅子をストップさせた。そして、両腕を大きく広げ「ハロー!」と言って私の首にまわしてくれた。

そのあと、次々に、特別の車椅子や義足の子どもたちがゆっくりと静かにはいってきて席につき、コンサートは始まった。

4才から18才までの入院している患者さんたちに気に入ってもらえそうな曲、エルガーの「愛のあいさつ」やドボルザークの「ユーモレスク」、シューマンの「トロイメライ」などのクラシック音楽の小品と、日本の「浜辺の歌」やビートルズの「イエスタデイ」など、全部で9曲を用意していた。

曲と曲の間では「おやすみなさい」「おはよう」などの日本語のあいさつの言葉も教えるつもりでいた。演奏とお話しで、40分くらいの予定だった。

演奏中、子どもたちはとても静かに聴いていた。かと思うと、自分たちの知っている馴染みあるメロディーがでてくると、ヴァイオリンに合わせて静かに口づさんでいるのが聴こえてきた。私もそれを聴いてヴァイオリンを弾きながら、心地よく楽しくなっていった。

一曲ごとの、最後の音を待ちかねていたように拍手をいっぱいもらい、プログラムは進んでいった。それに日本語のあいさつも、何度も繰り返し練習して覚えてくれた。

プログラムを全部終わったのでそれを告げると、みんなは最後にもう一度、日本語の練習をすると言った。ひとつひとつ復習をしてから、日本語のカードを子どもたちにあげた。

でも私は「さようなら」は教えなかった。私がドアを出ようとした時、一番はじめに入ってきた女の子が、またサーッと車椅子をすべらせて近寄ってきて、聞いた。

「グッバイは、なんていうの?」!!!

「サヨウナラ」「アリガトウ」「アリガトウ」

みんながそう言ってくれるのを聞きながら、私はドアの向こうに出た。

(毎日新聞USA連載)


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