「レモンさんの辞任」の話になったのは、例によって毎月一度夫婦で互いの散髪をしていた時です。
関連の無い事を次から次にしゃべっていたので、その話になったきっかけはどうもよく思い出さないのですが、この話は、私がイギリスの病院で働いていたころの話です。
或る朝、病院に行くと私の監督の責任にある医師が「レモンさんが辞任しました」といいます。イギリスに到着して2ヶ月そこそこ、英語力はもっとそこそこの私はレモンさんが誰かも知らず、何でそんな話をきかされるのかも見当もつかず「はあーそうですか」と適当な合槌を打つばかり。
ところが、昼休みに、いわば研修医の溜まり場にいくと、そこにいた全員が立ち上がって拍手で迎えてくれます。よくぞ、レモンさんを除いてくれたというわけです。それでもまだ事情が飲み込めない私に、若い医師がいいました。「意地の悪いレモンさんには、全く閉口したからな」。
前夜、当直の私は、病棟に6時に行ったのですが、責任者らしき女性に「早すぎる」と言われたので、9時に出直すと今度は「遅すぎる」と言われ、ムッとした私は、「6時では早すぎ、9時では遅すぎる。筋の通らないことは言わないでほしい」と言ったのです。どうやら、レモンさんの権威にたてついたわけで、いわば前代未聞、それも(ここが重要)東洋人の分際で!憤慨のあまりレモンさんは「辞めます!」となったわけです。
このエピソードで最も愉快なのは、本人(私)が全く事の次第を理解していなかった点でしょう。