人工呼吸器の勉強会が終わって帰ろうと思ったときに父から電話がかかってきた。
なんだなんだ??と思い、やや無愛想に電話に出ると、
「じゃぁ、代わるわ、おじいちゃん。」と。
まさか…と思った。
「もしもし。」
思ったよりも若い声で、一瞬誰か分からんかった。
「みどりさん、おじいさんです。しゃべれるようになりました。」
「お守りありがとう、肌身離さず持っときます。」と。
びっくりした。
あのおじいさんがしゃべっとる。
一ヶ月程前におじいさんが緊急入院した。
肺炎が悪化して呼吸状態が極めて悪化、ICUで管理されてると知らせがきた。
母も看護師やから、人工呼吸器にのってることとか炎症所見での肺炎の程度、それに対する治療内容などを電話で聞いた。
こういう患者さんを今まさに自分の職場で受け持ってるところだった。
亡くなる可能性も十分に考えられてた。
ウチのおじいさんも…、とよぎった。
もともと肺疾患の既往があるから、肺の力も弱いだろうし。
母も覚悟しといた方がいいと話した。
また肺。
10日後実家へ帰って、入院した病院へ。
挿管チューブ、胃管カテーテル、イントラ、Aライン、バルーンカテーテル…体内に入れらる管は大抵全部入っていた。
薬で鎮静かけて意識もモウロウ。
気管に向かって口からぶっとい管が入ってるから話せない。
手は抑制されガチガチに固められている。
浮腫もひどい。
あの姿を見て、正直、また元気にあぐらかいて笑ってる姿は浮かんでこなかった。
何にもできん。
手を握って元気な姿見せるくらいしかできん。
疲れに気づかず面会に行き続けているであろう母に「十分休みや。」と電話で声をかけるくらいしかできん。
神頼みするしか…何もできん。
数日後、炎症所見も下がり人工呼吸器から離脱したと電話が来た。
そしたら今日びっくりする電話が来た。
ホンマによかった。
また声が聞けるなんて。
電話の聞こえが悪いのか、耳が遠いのか、私が返した言葉と全くかみ合わなかった。
それでもいい。
嬉しくて目が潤いすぎて、右目のコンタクトが流れちゃった。
視界不良。
それでもいい。
七夕は明日だけど、お先に短冊の願いが叶って上機嫌な私です。
深夜勤がんばろ。