新聞の投書欄に下記の文章が掲載されたところ、2、3日後、新聞社から電話があり「富崎先生という方が、長崎支社に電話をされ、毛利さんが投書に書かれた歯科医は私の父ですとおっしゃっています」との連絡がありました。長崎の方が、福岡に住む私の書いた文章を読まれ、わざわざ新聞社に電話をされたことに驚くとともに、心暖まる思いがしました。ちなみに、息子の富崎先生も父上と同じ歯科医をなさっているとのことです。

60年
ガタともしない入れ歯
毛利義子
(福岡市博多区 98歳)
夫の転勤で家族7人が島根県から長崎県諫早市に移り住んだのは1946(昭和21)年でした。
当時、長崎市から汽車で1時間ほどの諫早市には、原爆に遭遇した長崎医科大学(現長崎大医学部)付属病院の一部が疎開していました。 私は歯科診療室に行きました。主治医から「あなたの歯は大変傷んでいるから、この際全部抜いて総入れ歯にしましょう」と言われ、数日通院して抜歯されました。
2ヶ月後、総入れ歯が出来上がりました。初め1ヶ月はぎこちなく感じましたが、主治医から「夜も外さないように」と注意され、次第に慣れてきました。
数年たってうっかりアメ玉をかんで前歯1本が欠けたのですが、別の歯科医院で直してもらい、元通りになりました。年を重ねるにつれて、あごなどの骨格に変化はあっても、歯のかみ具合にはあまり変化は感じません。食事は時間をかけて、よくかむことを心がけています。
主治医の富崎先生(当時30代)、ご健在ならば、60年たってもガタともしない入れ歯について、ご報告申し上げたいと願っています。