出会いの場である 「大都市の外見を持つ田舎」 ハワイ

 日本を離れて、もう、30年になろうとしている。当時を思い起こすと、1973年、家内がハワイ大学に新設された「法律大学院」に行くことになった。「俺もアメリカに行かなければ、新婚早々別居」の瀬戸際に立たされた俺が、フルブライト委員会からフェローシップをやるから、アメリカの大学へ教えに行くようにという連絡を受け取ったときの嬉しさは、「これで、夫婦別々」 しなくても済む、という誤解に基づく思い込みだった。結局、家内はハワイ、俺は海の向こうの~日本からハワイよりも、もっと遠い~ マサチューセッツ州アムハーストに落ち着くことになった。

 1974年には、ハワイに移って、夫婦が再び合流すれば、当然の結果かもしれないが、1975年、長男の誕生となった。アメリカは家内が法律大学院を終わるまでの3年間と予定していたものの、息子の出現が、夫婦と子供一人の生活を、ハワイに定着させることになってしまった。娘が生まれ、四人家族となり、日本語を外人みたいに話す子供たちを見ながら、俺の墓はハワイに決まったな、と観念した次第。

 いつも友人には、「大都市の便利さも、田舎の落ち着きもない、ハワイくんだり」 といっているが、実は、「大都市の外見を持つ田舎」 で、田舎特有の 「誰と話をしても、共通の知人があることを発見する」、出会いの場であることに気付き、人生の豊かさを逆説的に言っているに過ぎない。それに、子供を育てる場としては、ハワイは自分なりに最高だと思っている。鼻の大きさ、肌の色、髪の毛の色に優劣の判断が入り込まない子供が育つ。

 30年も教鞭をとっていると、自由に何かを書く機会に恵まれたときには、仕事臭くないもの書きたい。オアフ島のニックネームは、「出会いの島」 なんてのは、観光バスのガイドさんから聞いていると思うが、出会いの場である 「大都市の外見を持つ田舎」 ハワイを書きたい。「人生の曲がり角」 なんていうと、艶歌みたいだが、あそこで、あの人に会わなかったら、今の自分は全く違っていると言える人を誰でも10人や19人は思い出すんじゃないだろうか。

 中村修三さんと美智子さんとの出会いも、大切にしたい出会いの一つだ。

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