積み重ねるもの……

日の暮れが早くなり「冬」の風が吹く。ハワイの木々は相も変わらず健康的な緑のままなので「枯れ葉よ~~~」と、せつない恋心を歌うことはできないが……。
季節はすっかり冬なのに、夜が明けるとまっすぐ射す太陽の光は眩しく、見上げる空は素直に青い。夏の間中、ダイヤモンドヘッドの背中は茶色に乾いていたが、今は時折降る雨を吸い込み、つややかな緑の衣に覆われている。
11月の感謝祭の頃から、スーパーマーケットの駐車場や広場には大きなテントが張られ、クリスマスのもみの木が売り出される。そして12月になると、ホノルルの町はますます慌ただしくなってゆく。
ホノルル中心部のショッピングセンターは、クリスマスの買い物をする人々で混み合い、郵便局には長い列ができる。街の騒がしさは、大晦日の「耐え難い爆竹の騒音と煙」に包まれるまで続く。私はそんな喧騒からすり抜けたいと思う。
毎年、感謝祭とクリスマスイブには、友人のハリー石田さんの家に招待される。毎年欠かすことなく招かれているので、今年で何年目になるのか覚えていない。もう10年か、あるいはそれ以上になるだろうか。
ハリーさんはハワイ生まれの日系二世で、ソフトな日本語を話す。大学教育までをアメリカで受けているが、新潟と岡山から移民した両親には「日本の心」を受け継いだ。茶道や日本舞踊などを通して、今もなお、日本の精神を熱心に深めている。
歯科医になってもう50年くらいになるというので、70歳はとうに過ぎているようだが、正確な年齢は知らない。友人だから気にしたことはない。一生懸命仕事をし続け、そして、人生を大いに楽しんでいる。
ハリーさんの家は、ワイキキから車でカハラ方面に15分くらい行ったところ、ワイアラエの山の上にある。ワイアラエの山には、自然な地形の起伏に沿って住宅が点在しており、道が家々の間を縫うように、右に左に斜めにと枝分かれしている。
その枝分かれした道を通ってハリーさんの家に行くと、行く度に迷ってたどり着く。麓のワイアラエ通りから山頂まではもう1本?まっすぐな急な坂道がある。その道を登る時、車のエンジンは息切れしたように聞こえる。後部座席に座っている私と愛犬ドルチェも緊張して息切れがする。身体に悪い。
ホノルルの街灯はオレンジ色に統一されていて、夜間になるとワイアラエの山は、ほのかな温もりに包まれる。恐怖の一直線コースもオレンジの点線で山頂まで標される。逆に、山頂から見下ろすワイキキ方面の夜景は、色とりどりの、きままな輝きを見せている。
以前、ハリーさんの家のパティオからはホノルルの町全体が一望できて、そこで彼は友人とお酒を飲んだり、タンゴやジルバを踊ったりと最高の場所だったらしい。が、すぐ下の家が2階を建て増ししてからは、せっかくの絶景が半分さえぎられてしまったと非常に残念がっている。
広いリビングルームでは、めいめい好きな場所で食事をしている。私たち数人はそこから離れ、冷たく澄んだ夜風の吹くパティオのテーブルにつく。そこで私は日本各地の銘酒を楽しむ。夫はソーダとお茶ばかり飲む。
お酒の銘柄はハワイでは手に入らないようなものばかりなので、それはハリーさんが日本に旅行した時に持ち帰ったお酒かもしれないし、友人知人が多いから、おみやげなのかもしれない。
そのような貴重な日本酒を、氷の入ったグラスに注ぎ、静かに飲む。
「寒いね!」と、夜風に吹かれながら、ハワイの冬を味わう。
温かいもてなしと、おいしい料理をたくさんいただいての帰り際、ハリーさんは「いつも同じものだけど、またいらっしゃい!」と言う。
そして、私たちはいくつものカーブの道を、今度は迷わずにゆっくりと下って行く。
新しい年を迎え、忙しい日々を過ごしていると、春が過ぎ、いつの間にか夏が来て秋になり、再び冬の風が吹くようになる。また、感謝祭とクリスマスがやってくる。するとまたハリーさんから「同じものだけど、いらっしゃい!」という電話がかかってくる。
こうして、ハリーさんの暖かな眼差しと温かい心が、年々歳々、私の心の中に積み重なってゆく。「宝物」とはこういうものなのだろう、と思う。
(毎日新聞USA連載)
