Violin弾きのお美っちゃん~17

ハワイの四季は……

長い長い夏。淡い色の小さい花びらをいくつもつけた枝々は、穏やかな風に揺れる。
鮮やかなハイビスカスは気ままに咲く。
花弁を閉じた赤いハイビスカスは、うたた寝をしているかのように見える。
ピンクのブーゲンビリアの花は、固く群れをなして咲いている。

ハワイを訪れる人々を、首飾りになって、その香りで出迎えるプルメリアの花も長い夏を咲き続けている。だが、熱い陽に疲れた白く柔らかな花びらは、細い薄茶色の縁どりをうっすらとつけて、風に飛ばされてゆく……。

ハワイは四季の変化がないという人がいるが、そんなことはない。

季節は微妙に移り変わっている。夏は夏のままのようでも、ゆるやかに、隠れるかのように秋がやってくる。ハワイに住んでみて、年々、その微妙な変化をはっきりと肌で感じられるようになった。

ハワイの人々は、のどかに暮らしていると思っている人もいるようだが、それもまた誤解である。ハワイの季節の微妙な変化が顕著に感じられるようになってくるように、ハワイに暮らす人々の「暮らしの匂い」は微妙な色彩をまとっている。

私は京都の大学を卒業して間もない頃、3年間くらい短歌を作っていた。仕事は、ヴァイオリン指導や室内合奏団での演奏だったが、一方、静寂の中、文字で表現することもしたいと思った。

私の短歌の先生は、コロコロと歌うように京都弁で話す60代後半の女性で、名前をはまさんといった。はまさんにはひとり娘がいたのだが、娘さんが27歳の時に風邪が長引き、咳をしているうちに口を開けたまま突然死したのだった。

「聡明で健康だった娘が風邪で死ぬはずはない」と、納得のいかない様子ではまさんは話していた。はまさんの短歌にはいつも、その娘さんの悲しい死が詠まれていた。

当時から短歌の会の会員は、日本全国とそれにハワイにもいた。私たち会員は月刊誌に毎月、何首か掲載していた。それを読んで、ハワイに住む会員の作者名がアメリカ名と日本名が交じっているので、何となく不思議に思ったりした。

ハワイの人たちの短歌には、南国的なことばやハイビスカスの花が登場していた。そして表現は大げさではないけれども、明るい南国的な情緒の中に生活の匂いが微かに見え隠れしているのだった。

明るい色彩の隙間から人々の吐息が微かに見えたのだが、いったいそれがどんなものなのか私には分からなかった。ただ、楽園の島にも「変わらない人間の暮らし」というものがあるのだと漠然と感じたのだった。それは当り前のことなのだが。

その頃はまだ一度もハワイを訪れたことがなかったし、ハワイに移住する計画など全くなかった。ハワイというイメージは、焼けつく太陽のもと、のどかな波音のする青い浜辺とヤシの木、それにハイビスカスの花。その程度しか頭に浮かばなかった。

まして、ハワイの人々がどんな暮らしをしていのるかなどと想像できなかったので、「ポロンポロン」とウクレレを弾きながら、気楽に暮らしている、陽に焼けたハワイの人々が、ぼんやりと頭に浮かんでくるだけだった。

そんな私が、今、ハワイに住んで10数年になる。その間にこの美しい海で泳いだのはたった2回だけ。ほんの少しだけゴルフの真似事をしたこともあるが、私にとってのゴルフはまるで田畑を耕すのと同じくらい辛いものだった。熱い陽にクラクラした。

日本の知人にそう話すと「何ともったいない。もっと楽しまなくっちゃ!」と言われることがある。すると私は意に反して、はずみで頷いてしまうことがある。本当は、ビーチで泳いだり、ゴルフをしたい訳ではないのに、頷いてしまった自分に苦笑する。

ホノルルの町を歩いていて「ハワイの焼けつく太陽の下で働いてきた人なのだろうか」と思わせる女性に道ですれちがった。高齢の女性は顔と手に深いしわを刻んでいる。だが、深いしわが刻まれてはいても「もうおばあちゃんだから」、と言わせない底力が見える。

その人に「お年寄り」ということばはふさわしくない。
その婦人は、丁寧にお化粧をしている。
髪の毛も美容院でセットしたばかりのようにきちんと整えられている。
指にはピンクのマニキュアも見える。
何より、体の背筋をピンと伸ばすようにして歩いている。

見知らぬこの女性を見て「私の知らなかったハワイの人々の暮らしのひとつが、この婦人にもあったのだ」と、すれちがいざまの一瞬に悟った。ピンと伸びている背筋の奥で、穏やかな心の張りを感じた。

さながら、秋を感知するハワイの花のように……。

(毎日新聞USA連載)


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