Violin弾きのお美っちゃん~6

笑顔と隣人と犬たちと……

私の事務所が入っているビルは気取ったところがなく、まるで長屋所帯のような雰囲気がある。ビルの前には、両側に白いプルメリアの木が植えられているが、その他の植物は、やたらと繁殖力の強い、盗まれてもいいようなものばかりだ。

1階は地続きでそのまま駐車場になっている。表構えばかりではなく、ビルのオーナーやテナント、ここに出入りする人たちのごく自然なやりとりが、長屋所帯のような不思議な雰囲気を醸し出している。

私のオフィスは5階にある。オーナーは左隣。ランの花が趣味で、値のはりそうな植物が部屋の中にいくつも置かれている。自宅にはもっとたくさんあるそうだ。「庭でスターフルーツが取れたからあげる」といっては、隣人である私に持ってきてくれる優しい人なのだ。

彼はいつもニコニコ顔だが、ハワイのビジネス界では人望のあるやり手だという評判がある。ハワイでよく耳にするビジネス界の人物や、元ハワイ州知事などが、ふつうのおじさんの格好をして訪ねてきている。「小学校のときからの友達なんだ」とか言っているから、成功者の彼らは幼馴染みの「トム君」と「ジョン君」の仲なのだ。

このビルに約10年間、郵便を配達していたメイルマンも実に気楽な人で、この長屋の風景には欠かせない人物だった。彼は、毎朝、郵便配達のたびに、聞き覚えたカタコトの日本語を使ってみたがるのだった。「おはよう。きょうは、ラブレターないよ」「おはようは日本語じゃないよ。オハイオはアメリカだよ」という台詞は、毎度おなじみの、彼のお得意のフレーズだった。

自分の知っている限りの日本語を私たちに披露したあとは「じゃあね。引退したらネバダに行くよ」と機嫌よく言いながらオフィスから出ていくのだった。そして、また次の日にやってきては同じことを言い、そのうちに10年が経ち、ついに引退した。

「引退したらネバダに引っ越すんだ。広い土地と家を買って一日中ゴルフをするんだ」と、今すぐにでもネバダに引っ越して行きそうな勢いでそう言い続けていたが、本当に行ってしまったのだろうか。たとえ行ったとしても「ハワイ恋しさ」に、いずれ戻ってくるだろうと、私は想像している。ハワイはそういうところだから……。

さて、ネバダに行ったはずの配達人の後任の現在のメールマンの人たちは、善良な人だが無駄話しをしない。私のオフィスにも、隣のオフィスにも犬がいるので、長居をしたくないのかもしれない。彼らは長いメールマン生活で、配達中に犬に噛まれた経験が、1度や2度はあるのかもしれない。

私のオフィスの右隣は、ウエディングの雑誌を出版している。女性経営者は犬を3匹連れて出勤してくる。ウエディングビジネスなのに、彼女自身は独身生活を選んで魅力的に生きてきた。しかし、最近、恋をして結婚をした。「結婚はいいわよ!楽しいわよ!」と幸せそうだ。

私も愛犬と毎日出勤している。夕方になると、右隣の犬3匹と私の犬は廊下でいっしょに遊ぶ。はじめてその光景を見る人に、「このビルは動物園か?」と言われる。いや、れっきとしたホノルルの中心部にある、普通のオフィスビルだ。

犬君たちの運動会が始まると、左隣のビルオーナーはニコニコして、廊下の隅を遠慮しながら通っていくのである。

ある日、彼はニコニコ顔で、何か金色に光るものを大切そうに抱えて私のオフィスにやってきた。コンピューターロボットの犬だ!「これなら世話をしなくてもいいから楽だよ!」と言いながら、ロボット犬にいろいろな芸をさせて見せてくれた。

そう、彼も、犬の運動会の仲間になったのだった。

(毎日新聞USA連載)


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