Category Archives: Nebraska便り

Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 46

  2006年12月1日(日本時間)東京新宿区で Nebraska Centerと呼ばれる事務局が発足しました。これはネブラスカ州にとって初の国際交易事務局です。

 日本はネブラスカ州にとって輸出先としては第3位で、交易相手国としては最大であることが、海外に向けて経済的発展をめざしているネブラスカ州が日本に事務局を設置した理由です。

 ネブラスカ産の製品の輸入を促進する一方、日本からの投資を増やすことも、当事務局の目標のひとつです。事務局はネブラスカ州当局、商工業界の他、ネブラスカ大学病院も参加しているいわば官民共同体ですが、ネブラスカ州が、牛肉騒動の件で日本との接触強化の必要を感じたとすれば、その努力を評価したいと思います。 


   


(ハワイパシフィックプレス連載)

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 45

  町名や通りの名前の付け方は、土地柄を表しています。日本で町名を聞くと、方角やそこの住民の職業がわかります。ハワイでは海や太陽にちなんだ名前が多いのはさすがです。

 米本土の町の通りはだいたい碁盤の目に作られ、南北あるいは東西に走る通りが1番から始まる番号順につけられています。それらと交差する通りの名前として最も頻繁につかわれるのは、walnut(胡桃) maple(楓), oak (柏) pine (松)等の木の名前です。

 アイダホ州で住んだ通りは、Forsythia(日本語でれんぎょう)と呼ばれていました。これは春一番に黄色の花をつける植物として好まれていますが、発音が難しく何かと不便でした。それぞれの町を作った移民の名前が通りの名前として残っているのもアメリカならではです。

 オマハに、その通りの名を見る度に「お気の毒に」と感ずるのがBurt Streetです。1854年、Mr. Burtは、Nebraska Territory の初代の知事に任命されたのですが、元来病弱のため、東部からはるばるネブラスカまでやって来るやすぐに寝付いてしまいました。ところが、その当時、州都の決定をめぐって6つの町がはげしく対立していて、病気のMr. Burtはろくろく養生もできずに、10日後についに亡くなってしまったのです。その隣の通りが知事代行をした人の名であるのは、これまた興味のあるところです。
 
 


(ハワイパシフィックプレス連載)

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 44

  5年程前、オマハの植物園でもたれた知人の結婚式に招かれたことがあります。その、Lauritzen Gardensと呼ばれる植物園は、オマハの東端のミズーリー川を見下ろす丘の上にあります。5年前は開園したばかりの時で、掘り起こしたばかりの土や、植え付けて間も無い植物があちらこちらに見えました。結婚式はとんがり屋根の建物の中央にある大きな屋内庭園であり、高いガラスの天井、ぐるりと並んだ円柱、大きく育った植物に囲まれた式はなかなか良い雰囲気でした。  オマハに移ってきましたので、5年間に植物園がどう変ったのか見に行ってきました。まず、白く塗った無蓋車が入園者を載せて丘の中腹を降りてきているのが見えました。そこで、花の見物はあとまわしにして、丘の上になにがあるのかと登ってみますと、途中には、1853年に大陸横断鉄道がオマハまで進展した際の写真が飾られていて、頂上にはでっかい機関車が2台すえつけられていました。見晴らしの良い頂上からはミズーリ川や対岸がよくみえます。良い気分になって、花を見物する件はすっかり忘れて帰路に就きました。


(ハワイパシフィックプレス連載)
 

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 43


   オマハの南北に走る道路は東端のミズーリ川沿いの1番路から西端の192番路 まであり、12で割り切れる番号の道は南北に貫通しています。(例外もあって驚きますが)

 先日、168番路を北に曲がり損ねたので西進して180番路まで行き、あらためて北方向に曲ったのですが、東方向に戻るための大通りとの交差点を見逃さなければよいがと願っていたところ、思いがけなく行き止まりになって、そこは赤レンガ敷きの道が左右に延びていました。赤レンガの道の上を車をゆっくり走らせながら、「オマハにもこんなところが」と大発見をした気持ちでした。道路際には Historical Lincoln Highwayとのサインが立ってっていました。

 早速、インターネットで調べたところ、このLincoln Highway は、アメリカ合衆国で最初のtranscontinental highway つまり、東海岸(ニューヨーク)と西海岸(サンフランシスコ)を結ぶ大陸横断自動車道で1913年に着工、紆余曲折を経て現在の高速道路網の礎となったのですが、そもそもの発案者であるカール•フィッシャー氏はまた、インディー500の創始者でもあります。この東西両地点をを出来る限り真っ直ぐな線で結ぼうという案のおかげで、Lincoln Highwayはネブラスカのほぼ中央を横断しています。この歴史上重要なhighwayの保存に努力している民間人の会もありますし、ネブラスカ州では州政府が宣伝に力を入れているのは嬉しいことです。v


(ハワイパシフィックプレス連載)

 

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 42

 
  アメリカ合衆国の首都がワシントンでなく、ポトマック、または他のインディアン語であったらと考えることがあります。ネブラスカはインディアン語を州名にしていていますが、もっと詳しく知る必要を感じて、オマハに引っ越してきた機会に州図書館から参考書を借りてきました。

 ネブラスカは、この中央平原を西から東へ流れる大きな川を Otoeインディアンが Nebrath-ka と呼び、Omaha インディアンが  Ni braska  と呼んだところに由来しています。共に、「平たい水」 という意味ですが、フランス人の探検家がこれをフランス語に訳し、現在の名 Platte River  となりました。 ところでオマハは、 「流れに逆らって行く人」 という意味ですが、1500年前後に、スー族が東部のアパラチア山脈地帯から西へ移動した際、ミシシッピー川の流れに沿って南下せず、流れに逆らって北上したところからきています。


(ハワイパシフィックプレス連載)

 

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 41

 
 「リスや小鳥達の面倒は引き受けました、オマハに引っ越されても、後の事は御心配なく!」
ノーフォークの私共の家を買った奥さんからいただいた手紙に、こうしたためてあったほど、裏庭にやってくるリスや小鳥達のことが気がかりだったのですが、これは、奥さんの言葉を信ずる以外、致し方ありません。 オマハで住む所も 「緑が多く、小鳥がいそうな場所」 であることを第一条件に探しました。

 見つけた所は、地形上、高地に挟まれた小川が徐々に平たくなって、現在は高い木々や薮が茂り、南北に一マイル程続いている所のそばに建っているアパートです。 引っ越しの日に、世話をしてくれた運送会社の従業員が 「オマハにも、まだこういう所があったんですねー」 と感嘆するほど、 まだ自然が残り、勿論、種々の小鳥が住んでいて、おおいに安堵しています。 それにしても、ノーフォークでは、裏庭に木を植え、水をかかさず、餌をやりと手をかけたのですが、ここで自然の環境を見るにつけ、やっぱり自然にはかなわないと、感じる毎日です。


(ハワイパシフィックプレス連載)

 

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 40

 
 Beaver stick
(ビーバースティック)というものをご存知ですか?
 ビーバー(beaver)は川の浅瀬にビーバーダム(beaver dam) を建設することでおなじみです。ビーバースティックは、このビーバーが齧った跡を残した丸太や枝のことです。長く繋がったソーセージに似ていなくもありません。

 最近、この地域を流れる川のほとりで、8フィート9インチのビーバースティックが見つかりました。これには、ビーバーの齧った跡が7ヶ所あり、スティックの長さといい、齧った跡の数といい、新記録ではないかといわれています。

 さて、それでは、何故、ビーバーはこのようなことをするのでしょう?ダムの建設材料は、主として、小枝と泥でこのようなカンナくずではありませんから、ビーバーは歯を磨いたのか、歯が鋭くなりすぎるのを防ぐために齧ったのかのどちらかでしょう。


(ハワイパシフィックプレス連載)

 

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 39

  Sold (売れました)

 2月に For Sale (売り家)のサインを出して5月上旬にSold (売れました)にこぎつけ、ほっとしているところです。その間、春分の日にドカ雪になったり、4月に例年を越える降雨量になったりしましたが、竜巻に見舞われることにならなかったのは、幸いでした。売買の契約を交わした日の前後は、暑からず寒からずの好ましい季節に入ったところでした。家を売りに出していて、最も難しく感じたのは、まだ上り坂のいるのか、すでに峠を越えたのか、よく解からなかったことでした。


(ハワイパシフィックプレス連載)

 

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 38

 
  ガス燃料が2ドルを越えてショックを受けたのは、つい最近だったように思いますが、今や3ドル近くなり、もっと高くなること必至とのことです。地下から汲み上げる石油の量に限度があるとすれば、誰しも、価格はもとより、石油に代わるエネルギー源 alternative energy source について注意を向けざるを得ません。

 最近、目を引いた新聞記事は、「トウモロコシ生産者は、目下は食糧を提供しているが、将来は燃料を提供することになる」というものでした。「アメリカの将来は、農業が産むエネルギー次第である」 とも、いっています。

 トウモロコシは,太陽エネルギーを貯蔵しているわけで、renewable energy といえます。石油に代わってトウモロコシを使えば、環境を改善し、海外の石油に依存している状況からの脱出も可能であるとしています。実際に、広大な種苗農場の暖房に、トウモロコシを使用した人の経験では、経費はガスの3分の一で済んだそうです。まだ、一般大衆が使用できるまでには時間がかかりそうですが、alternative energy source の一つとして興味のあるところです。


(ハワイパシフィックプレス連載)

 

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 37


  3月の第2週は、 ♪春の小川はさらさら行くよ…♪♪  と歌いたくなるようなうららかな陽気で、日差しも強さを増してきたので、冬越しの草花の清掃にとりかかりました。このままいけばスプリンクラー散水、庭の芝刈りをはじめるのも間もないと、軽い気分になったのを、自然は、「そう簡単にはまいりません」とばかりに、週末は雪とあられで屋外は真っ白に変り、冬に逆戻りしました。
 
 中西部の他の州では、日曜と月曜の2日間に100以上の竜巻が発生し、カンサス州では大学の建物にかなりの被害を与え、ミズーリー、イリノイ両州では死者もでました。

 国立気象局の発表によると、この、あられを伴った嵐はカンサスからイリノイにかけた地域に現局集中し、他所に拡大しなかった稀な現象とのことです。この先、10,20年間は自然災害が増加するとの予報は、早くも現実となっているようです。(2006年 3月 15日)


(ハワイパシフィックプレス連載)

 

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