Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 20

 
 アメリカ合衆国は移民の国。東西両海岸地帯には各々チャイナタウンやジャパンタウン、あるいは、リトルイタリー等と呼ばれる区域があって、米国住民であると同時に、個人個人の人種背景を強調しています。

 たとえば、南部にはアフリカやフランスの影響が強く残っていますし、ニューヨークのセントパトリックデーはアイルランド系、そして、ハワイでもよく知られているオクトバーフェストはドイツのお祭りです。

 しかし、このあたり中西部における人種事情はあまり知られいないようです。ネブラスカ東北部に住んでみて、二、三の興味深い事実にぶつかりました。

 園芸でこの一帯に知られている町クラークソンは、チェコからの移民が建設、毎年催されるチェコ祭りでは、民族衣裳を着た女性達がコラチと呼ばれる甘いパンをつくります。

 ドイツ系の住民の 多くは、曾祖父母の年代にロシア経由で移住してきました。18世紀、ロシアのエカテリーナ女帝は自身の出身地であるドイツから、主にウ クライナ地方への移住をすすめ、その際、無税、無兵役を約束したのですが、女帝の死後、皇帝の位に就いたポール1世は女帝の約束を破棄してしまいました。 怒ったドイツ系住民はロシアを離れ、アメリカに再移住したという経緯があります。

 オークランドという町は、ネブラスカにおけるスェーデンの首都を自称していますし、毎年、チューリップ祭を開催するオランダ系の町もあります。

 こうした町々には、必ずと言ってよいぐらい、小さいながらも民藝博物館といったものがあり、祖先が持参したもの、移住後に使った農業機具類が古い写真と 共に展示してあります。また、オペラハウスと呼ぶレンガ造りの建物のある町もあります。そこでは音楽、芝居その他各種の催しがもたれということです。昨 今、あちらこちらで、しばらく使われてなかったそれらの建物を復旧する努力がなされています。 (2004年9月10日)


(ハワイパシフィックプレス連載)

 

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