Category Archives: Proverbs 日本

Kareki mo yama no nigiwai

枯れ木も山の賑わい かれきもやまのにぎわい 枯れ木であっても、あれば山がにぎやかになるから、ないよりもあった方がいいこと。 かれきであっても、あればやまがにぎやかになるから、ないよりもあったほうがいいこと。 枯れ木があってこその山の賑わい。結局、この世に無駄なものは何もないのであって、 無駄、無駄でないは、人間の勝手な判断といった理解の方がしっくりいきますね。 かれきがあってこそのやまのにぎわい。けっきょく、このよにむだなものはなにもないのであって、 むだ、むだでないは、にんげんのかってなはんだんといったりかいのほうがしっくりいきますね。 “Kareki mo yama no nigiwai” means “Even the dead trees contribute to the mountain’s prosperity.” This means that even the things we might think are useless, do play a part. Thinking of … Continue reading

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Ninin sankyaku

二人三脚 ににんさんきゃく 二人一組で横に並び、それぞれの片足をひもで結んで走る競争。 二人が協力して物事を行うことを意味します。 ふたりひとくみでよこにならび、それぞれのかたあしをひもでむすんではしるきようそう。 ふたりがきょうりょくしてものごとをおこなうことをいみします。 主人と二人三脚で頑張っています。 しゅじんと ににんさんきゃくで がんばっています。 夫(おっと)・主人(しゅじん)妻(つま)・家内(かない) 夫妻(ふさい) “Ninin sankyaku” means “Two people, three legs.” This refers to a three-legged race. If two people can work together (three legs working together as opposed to two pairs of … Continue reading

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Koubou nimo fude no ayamari

弘法にも筆の誤り こうぼうにもふでのあやまり どんな名人でも、時には、失敗をするということ。 弘法大師のような書道の達人でも、うっかり書き損じることがあるということ。 どんなめいじんでも、ときには、しっぱいをするということ。 こうぼうだいしのようなしょどうのたつじんでも、うっかりかきそんじることがあるということ。 “Koubou nimo fude no ayamari” mean, “Even Koubou makes mistake with the brush.” It basically means “everybody makes mistakes.” Koubou refers to Koubou-daishi, the founder of the temple on Mt. Kouya, who was an … Continue reading

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Koubou wa fude o erabazu

弘法は筆を択ばず こうぼうはふでをえらばず 弘法大師のような書道の名人は、筆の良し悪しを問題にしない。 その道に秀でた人は、どんな道具を使っても優れた成果を上げる。 こうぼうだいしのようなしょどうのめいじんは、ふでのよしあしをもんだいにしない。 そのみちにひいでた人は、どんなどうぐをつかってもすぐれたせいかをあげる。 “Koubou wa fude o erabazu” means, “Koubou doesn’t choose his brush.” Again, this refers to Koubou-daishi who was an expert at calligraphy. It means that someone of that calliber doesn’t need to select the … Continue reading

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Kusattemo tai

腐っても鯛 くさっても たい 日本人にとって、鯛は特別な魚です。魚の王様です。やはり他の魚とは品格が違います。腐っても鯛は鯛、この意味は、本当に優れているものは、どんな状態であってもそれなりの値打ちがあるということです。 にほんじんにとって、たいはとくべつなさかなです。さかなのおおさまです。やはりほかのさかなとはひんかくがちがいます。くさってもたいはたい、このいみは、ほんとうにすぐれているものは、どんなじょうたいであってもそれなりのねうちがあるということです。 “Kusattemo tai” means, “Even if it is rotten, it’s still a tai.” Tai is a sea bream, a reddish fish considered the king of fish to the Japanese. Even if it goes bad and smells, … Continue reading

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Nou aru taka wa tsume o kakusu

能ある鷹は爪を隠す のうあるたかはつめをかくす 優れた能力の持ち主は、それを人に自慢したり、見せびらかしたりしない ということです。 すぐれたのうりょくのもちぬしは、それを ひとにじまんしたり、みせびらかしたりしない ということです。 “Nou aru taka wa tsume o kakusu” means “The hawk with talent hides his claws.” This means that you shouldn’t show off everything you have. A wise man keeps some of his talents … Continue reading

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Saru mo ki kara ochiru

猿も木から落ちる さる も き から おちる 猿は木登りが上手な動物ですが、その猿でも木から落ちることがある。 どんな達人でも失敗することがある。 さるはきのぼりがじょうずなどうぶつですが、そのさるでもきからおちることがある。 どんなたつじんでもしっぱいすることがある。 “Saru mo ki kara ochiru” means, “Even monkeys fall from trees.” It refers to the fact that we all make mistakes, even the best of us. Even monkeys, who are … Continue reading

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Saru no shiri warai

猿の尻笑い さる の しりわらい 自分のお尻も赤いのにそれを忘れて、 他の猿のお尻の赤いことを笑います。 即ち、自分のことを棚にあげ、人の欠点を笑うことです。 じぶんのおしりもあかいのにそれをわすれて、 ほかのさるのおしりのあかいことをわらいます。 すなわち、じぶんのことをたなにあげ、ひとのけってんをわらうことです。 “Saru no shiri warai” means a monkey laughing at another monkey’s butt. A monkey might laugh at another monkey’s butt because it is red, while forgetting that his own butt … Continue reading

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Mizaru, iwazaru, kikazaru

見猿・言わ猿・聞か猿 みざる・いわざる・きかざる 子供の時代には、悪いことは、 見ざる (見ない) 言わざる (言わない) 聞かざる (聞かない) こどものじだいには、わるいことは、 みざる (みない) いわざる (いわない) きかざる (きかない) The Japanese saying, “Mizaru, iwazaru, kikazaru” corresponds pretty directly to the English, “See no evil, speak no evil, hear no evil.” It was originally use to teach children that they … Continue reading

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Fueki-ryuukou

不易流行 ふえきりゅうこう 「新しさを求めてたえず変化する流行性にこそ、 永遠に変わることのない不易の本質があり、 不易と流行とは根元において一つである。」 (小学館、国語大辞典) 「不易」は時代の新古を超越して不変なるもの、「流行」はそのときどきに応じて変化してゆくものを意味するが、両者は本質的に対立するものではなく、真に「流行」を得ればおのずから「不易」を生じ、また真に「不易」に徹すればそのまま「流行」を生ずるものだと考えられている。 俳諧の本質的な性格を静的(不易)・動的(流行)の二つの面から把握しようとしたものであるが、新しみを生命とする俳諧においては、その動的な性格――新しみを求めて変化を重ねてゆく流行性こそが、そのまま蕉風不易の本質を意味することになる。結局、「不易」と「流行」の根本は一つのものなのであり、芭蕉はそれを「風雅の誠(まこと)」とよんでいるのである。 日本大百科全書(小学館) Fueki-ryuukou is a phrase attributed to the great haiku poet, Matsuo Basho. The way it was explained to me, it seems to correspond roughly to the Enlish, “The more things change, the more … Continue reading

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