While in California, I worked at Kentucky Fried Chicken as a cook.

    When I was eleven years old  I had a job on a ranch during the Summer. I had to shovel horse stalls, fill wheel barrels with rocks, drag dead brush into piles to be burned and mowed pastures all in 105 degree weather.  I only got paid two dollars an hour (unless I was filing up the wheel barrels
then I got paid per wheel barrel) and I couldn’t take breaks longer than the time it took to get a drink from the hose.

    As bad as that job sounds, while in California, I worked at Kentucky Fried Chicken as a cook and  I must say, it was worse.  It always seemed like the orders of chicken would never stop.  My manager would always promise me I would only have to make one more batch, just to come back to the kitchen three minutes later and have me cook one more.  Every night, five minutes before closing and right after I finished cleaning the kitchen, a car load of people would show up at the drive thru wanting four or five buckets of chicken.  All I ever dreamt about was making chicken and no matter how much I bathed, I couldn’t get that fried chicken smell off of me.  I hated chicken.  I couldn’t eat fried chicken until recently.  What’s worse, after a year of that, I still had not
saved enough money to enter college.

 
11才の時、夏の間、牧場で働きました。40度の炎天下で、馬小屋をシャベルで掃除したり、石っころを拾い集めて車付きの樽一杯にしたり、枯れ草を引き抜いて燃やすために積み上げたり、牧草をすべて刈り取る作業をしなければなりませんでした。時給、たった2ドルの仕事でした。(車付きの樽を一杯にし、その満杯の樽、一つにつき、いくらという具合に支払われました。)そして、ホースの水を飲みに行く以外は、休憩を取らせてもらえませんでした。

カリフォルニアにいた時、ケンタッキーフライドチキンで調理師として働いたのですが、あの11才の時の仕事は、さほど悪くはなかったと思いました。ケンタッキーフライドチキンの仕事は、私のした仕事の中で最悪の仕事といえるでしょう。まるでチキンの注文が、ずっと終わらないかのようでした。マネージャーは、いつもあと一回作ればよいだろうと約束しておきながら、私が調理室に戻った3分後には、、もう一回作らせるのでした。毎晩、私が調理室をきれいに掃除し終わり、店の閉まる5分前になると、車に乗り込んだ人達が、ドライブスルーに姿を現わし、チキンを4、5箱求めるのでした。フライドチキンを作っている夢、どんなに身体を洗ってもフライドチキンのにおいが私の身体から取れない夢をよく見ました。私はフライドチキンが大嫌いでした。つい最近まで、フライドチキンを食べることができませんでした。さらに悪いことには、その一年後になっても、まだ大学に行くための十分なお金をためることができなかったことです。

じゅういっさい の とき、なつ の あいだ、ぼくじょう で はたらきました。よんじゅう ど の えんてんか で、うまごや を シャベル で そうじ したり、いしっころ を ひろい あつめて くるま つき の たる いっぱい に したり、かれくさ を ひきぬいて もやす ために つみあげたり、ぼくそう を すべて かりとる さぎょう を しなければ なりませんでした。じきゅう、たった に ドル の しごと でした。(くるまつき の たる を いっぱい に し、その まんぱい の たる、ひとつ に つき、いくら と いう ぐあい に しはらわれ ました。)そして、ホース の みず を のみ にいく いがい は、きゅうけい を とらせて もらえませんでした。

カリフォルニア に いた とき、ケンタッキーフライドチキン で ちょうりし として はたらいたのですが、あの じゅういっさい の とき の しごと は、さほど わるくは なかった と おもいました。ケンタッキーフライドチキン の しごと は、わたしの した しごと の なか で さいあく の しごと と いえるでしょう。まるで チキン の ちゅうもん が、ずっと おわらない かのよう でした。マネージャー は、いつも あと いっかい つくれば よい だろう と やくそく して おきながら、わたし が ちょうりしつ に もどった さんぷん ご には、もう いっかい つくらせる のでした。まいばん、わたし が ちょうりしつ を きれいに そうじ し おわり、みせ の しまる ごふん まえ に なると、くるま に のりこんだ ひとたち が、ドライブスルー に すがた を あらわし、チキン を し、ご はこ もとめる のでした。フライドチキン を つくっている ゆめ、どんなに からだ を あらっても フライドチキン の におい が からだ から とれない ゆめ を よく みました。わたし は フライドチキン
が だいきらい でした。つい さいきん まで、フライドチキン を たべること が できませんでした。さらに わるいこと には、その いちねん ご に なっても、まだ だいがく に いく ための じゅうぶんな おかね を ためること が できなかった ことです。

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